第294話 溶融の大翼


   *


 ――宮殿内大広間にて。


「わひゃぁう〜やっと魔物が消えたと思ったら、何なんですか〜っ!」

「お、落ち着けエールトくん! こういう時は、騎士として落ち着いて対象してぇ……っ」


 魔物達との死闘を終えた矢先、第2、第3国家憲兵隊の元へと、おぞましい存在が飛来して来るのを彼等も感じていた。

 傷付いた騎士達は、宮殿の奥に座したメロニアスを守る為に震える眼を起こしていく。


「なんか来る! なんか凄いの来ちゃうの分かっちゃうんだよガルルエッドさん〜ふぁあっ!」

「あわわわ、あわわわわわ騎士、騎士キシキシキシ……としてぇ……」


 エールトがミニスカートをひるがえして慌てふためくと、一見勇猛そうなたてがみとヒゲを蓄えた巨漢も震え始めてしまった。プレートメイルを揺らしてガタガタと震えている。


「「フェエエええええ〜」」


 情けの無い二人の声が共鳴すると、鉄で押し固められた要塞の壁が、勢い良く破壊されて土煙を上げた。

 自らの身を砲弾かの様にして突っ込んで来た少年が、彼等の前にすっくと立ち上がって闇の様な瞳を開いた。


「はぅぇ〜っ?!」

「は……あえ、こ、子ども?」


 差し迫っていた強烈なオーラから、来訪者はまるで鬼か何かであると想像していたガルルエッドは、幼き童子の姿を認めて溜息を付いた。


「ふは、ふっはははは! なんだ子どもでは無いか! 翼……を生やしているが、それはメロニアス様も同じ事よ。こんな童子に恐れる事など無いぞぉ!」


 そこに居た騎士達は、余りの邪悪を浴びて気でも動転させたか、ベリアルの姿を見ても怯まなくなっていった。


「わっはっはっは! わっはっはっはっはっは!」


 そしてガルルエッドの馬鹿笑いに同調して、騎士は気を昂らせていき始める。

 ――しかしどういう訳なのか、背を伝う冷たい汗は勢いを増していくばかりであった。

 思えば彼等はその時には、そこに立ち込める超大過ぎる凶悪にあてられて、まともな思考を失っていたのであろう。


 ただ漠然とした空寒い気を紛らわす様に、腹を抱え始めた200もの騎士に取り囲まれた少年は、まなじりを僅かにも動かさぬまま、一際大きな声を発している、メイスを携えた巨漢を見上げていった。


「わーはっはっは! わーはっはっはっはっはっは!」

「……」

「わはははは! わぁーはっは……は、…………はっ」

「……」


 何を語るでも無く、一度の瞬きすらもしない少年の瞳に、ガルルエッドは吸い込まれていく様な錯覚を覚える。


「はぁ……ははっ…………は、……は」


 ガルルエッドが少年の異様さを改めて認識し、笑みを消していったその頃には……既に周囲の騎士は皆、目前の暗黒の冷たさと、その巨大さに気付いてしまっていた。


 大広間へと続く開け放たれていた大門が、誰も触れぬままに勢い良く閉じると、彼等はかごの中の鳥となった。


「あはぁ…………あはぁあはぁ………っ………は?」


 顔中から滝の汗を落とし始めたガルルエッドは、未だ認めたく無いかの様にして執拗に笑いながらも、その瞳に確かに絶望と恐怖を刻み始めていた。


「この奥だよね、使の人間……」


 澄んだ少年の声。その瞬間にゾクリとした全ての人間達が、顔を青褪めさせていった。


「邪魔な虫ケラ」


 悪意を感じさせない無垢な声音。そして次に、ベリアルの奇怪な大翼が広間に広がっていく。

 始まり始めた光景に、エールトは生気の抜けた顔で囁いていた。


「はぅあぅあ〜…………」


 ガルルエッドは目をパチクリとさせ、未だ理解が追い付いていない。

 ――だが理解が及ぼうが及ぶまいが、その残酷な翼は彼にとって下等な生物を、ただ無感情に消し去るが為に働き始めた。

 沼の様に流動する紫色しいろの大翼が――地を、周囲を始める。


「は……っ」


 我に立ち返ったガルルエッドが眺めるは、竦んだ足に動く事も声を上げる事も叶わず、ただ強烈に溶けていく仲間達の光景であった。


「ひぁ……ぁあ、溶け」

「あつ……、あ、つ……消え」

「花が落ち……脳……トロけ…………」


 鎧も剣も肉も人も、そこには元から何も存在しなかったかの様に、灰色の煙に変わっていく。

 禍々しく満ち始める不気味な翼の液、もしくは霧、そして大気に。

 ――触れた者から


 たてがみを逆立てたガルルエッドが、激しい瞳へと変わる!


「おのれ……っ!」


 そして精悍な顔付きとなった彼は、歯牙を剥き出してメイスを振り放った――


「『ライオット砲』――!!」


 突如放たれた、ガルルエッドの土魔法と水魔法の複合技。激流となった硬い土の牙が少年へと向かう。

 そしてエールトもまた凛々しい顔付きとなって、風を纏いながら空に飛び上がっていた。そして手元に風の弓矢を形成していく。


「『妖精風ハッピーチャイム』!」


 リンと風に鳴った魔力の矢じりが、強烈に捻れ合いながら徐々に巨大な風の一迅となった。


「エールトくん!」

「はい、ガルルエッドさん!」


 頷きあった二人の大技が、風を切り払って邪悪な大気を突き抜けていった。

 繰り出した合体技。それは二人に出来る渾身の一撃であった。混じり合った互いの魔力が、見事な結晶体となってベリアルへと迫る――


「「ぁうア!!?」」


 しかし、前に突き出したベリアルの濃霧――翼の本体が、怒涛の魔力に触れると共に、酸に溶かすかの様に全て消し去ってしまった。


「……そんな」

「馬鹿な、我がライオット砲がこんな簡単に……」


 特に感情も無さそうに、ひどくつまらなそうに、飽き果てているかの様に……少年の暗い暗い眼が二人を眺めている。

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