第三十四章 侵食されゆく世界でも、下等生物は笑う

第293話 急げ、帝の元へ

   第三十四章 侵食されゆく世界でも、下等生物は笑う


 ヘルヴィムを先頭にした黒の狂信者達に紛れ、ダルフは都を駆け抜けていた。


「ヘルヴィム神父……っ民が……民がこんなに傷付いてっ」


 ベリアルの飛び立っていった宮殿へと急ぐ最中、彼等が目にするは、息も絶え絶えな民草の光景。

 魔物の脅威過ぎ去りし今、生き残った彼等は皆、それぞれに大切な者を抱いて絶叫していた。


「娘が……このままじゃあ娘が死ぬ! 助けて、誰か助けてくれ!」

「お姉ちゃん! 嫌だ、お姉ちゃんが瓦礫の下敷きになって……イヤぁあ!!」


 走り過ぎ去っていく黒のスータンに、全ての者は手を伸ばして助けを求めている。


「ヘルヴィム神父……っ」

「ええい!! 構うなァァア!!」


 厳しく言い放ちながらも、ヘルヴィムは声を噛み殺して赤面していた。腸の煮えくり返る様な屈辱と無力感に苛まれ、されど彼等は宮殿を目掛ける。


「メロニアスの元へッ!!」


 ヘルヴィムの号令に声を返した信者達は、後ろ髪を引かれる思いで民の声を振り払う。

 しかして先頭を走るヘルヴィムは、民の悲鳴を一身に受ける事となった。


「神父だ……ヘルヴィム神父だ! お願いします! 父が、父の傷が酷くて、このままじゃあ!」

「ぅぬぅう……!」

「おかぁさぁぁあん!! うわぁぁああ!!」

「ふぐぅうう!!」

「後生だから、お願いだから頼む! 妻が、俺の大切な人が……何でもするから、お願いだ、どうか俺の妻を助けて!!」

「ぐぅううううっ!!!」


 ヘルヴィムの噛んだ下唇から血が流れていく。それでも彼は、胸のロザリオが指し示す方角へと走り続けた。


「あぁ、ありがとう! ありがとうダルフ・ロードシャイン!」

「――――んあ!?」


 振り返ったヘルヴィムが認めるは、瓦礫の下敷きとなった民を救おうとするダルフの姿。


「お前…………ッ!!」

「俺はあんた達よりも速く駆けられる! 直ぐに追い付くから行ってくれ!」

「うぐ、ぐ、ぐ……うがぁぁぁあ!!」


 目を剥いたヘルヴィムは怒り出すかと思いきや、過激に唸りながら頭を掻きむしり始めた。そして狂信者達を見やって言い放つ。


黒の狂信者クソガキ共ぉお!! テメェらは民を救え!」

「え!?」

「ただしフゥドとダルフ! テメェらはついて来い!!」

「しかしヘルヴィム神父……」

「いいからさっさとしろぉお!! 民が死に絶えたらぁ、俺達は何を守ってるのか分かりゃあしねぇえ!!」


 動転する信者達を他所に、フゥドはダルフの背中を睨んで舌打ちしていた。

 やがて瓦礫を持ち上げていくダルフの横に、信者達が加勢し始める。


「お前達……すまない」

「すまないじゃ無いんだよ馬鹿!」


 蹴りを入れられてよろめいたダルフに代わり、彼等は瓦礫を持ち上げていった。そして、まるでヘルヴィムを真似るかの様な口調で、一人抜け駆けをした男を全員で見やる。


「とっとと行けよぃい!! ヘルヴィム神父がぁあ〜呼んでんだろうがっ!!」

「え……あ、新入り……?」

「そおおおだ、テメェは新入りだろうがボケがっ! さっさと行けって言ってんだろぉおおがッ!!」

「……っ、ああ!」


 曲がりなりにもダルフを認め始めたらしい信者達は、薄い笑みと共にダルフの尻を蹴り出していった。

 そしてヘルヴィムとフゥドの待つ元へと駆けていく。


「こぉぉの甘ちゃんがぁぁあ!!」

「いで――――ッッ!!」


 ヘルヴィムの拳骨がダルフの脳天に炸裂していた。


「我慢してんのがテメェだけだと思ってんじゃねぇぞボケがぁあ!」

「いっ……! 分かってるよ、すまなかったヘルヴィム」


 二発目の拳骨を受け、涙目になったダルフがヘルヴィムに反省した顔を見せていく。


「チッ……ますますあのクソオヤジの息子らしくなって来やがってぇ……」


 空を飛んでいったベリアルの姿は、既に遠くへと消えていた。

 宮殿へと三人で駆けて行く最中、ヘルヴィムは二人に状況を説明し始める。


「今宮殿に残っているのはぁぁ、エールト色情魔率いる第2隊と、ガルルエッドデカブツ率いる第3隊の約200名だ!」


 酷いあだ名に動揺したダルフであったが、直ぐに気を取り直して彼へと問い掛けていった。


「二つもの隊が? じゃあ、あのベリアルとかいう蛇の足止めも……」

「ああ……出来ねぇだろうな!」

「……!」

「あの蛇の魔力を感じたろぉ……それにあのバカ共の戦力は並だ! 俺達が奴の元に辿り着く頃にはぁ、既にメロニアスを始末された後だろう……!」

「ならば奴を足止め出来る存在が、他の何処に居ると言うんだっ」


 夕刻が終わり、闇に呑まれていく空を見やって、ヘルヴィムは視線を険しくしていった。


「居るぅ……ただ一人だけ。俺達を除いて奴を止められる存在が、この都には一人だけぇ……だが奴はぁ」


 鼻筋にシワを刻み込んだヘルヴィムは、その力をそっと緩めながら、らしくもなく他者の存在を願い、僅かな希望とし始めていた。


「今はそれに賭けるしかねぇ……」

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