第289話 父から受け継いだモノ
「カァァアアアアアア!!!」
「うおおおおおおおおっ!!」
聖十字の合間を潜り抜け、先ずはダルフの拳がヘルヴィムの頬を打った。
「ぐぅ……っヌゥぅオラァ!!」
「がぁ――ッ」
顔を捩ったヘルヴィムは、その打突を物ともせずに顎で振り払い、強烈な上段蹴りでダルフのこめかみを蹴り払った。
「しねぇえぇえええア!!」
「くそ……っ!」
地に埋め込まれたダルフが、頭上に振り下ろされて来た大槌を転がって避ける。そして間髪入れぬまま、額から血を飛ばしてヘルヴィムの腹に飛び膝蹴りを捩じ込んでいた。
「――ぅぼあ……っ」
流石に苦悶の様相となったヘルヴィムだが、雷火に乗って距離を取ろうとしたダルフに先んじて、過激な踏み込みで距離を詰めていた――
「ごぉら――ッ!!」
「ぎッッ!!?」
容赦の無い拳骨を鼻先に喰らったダルフは、何回転もしながら地に倒れ込んだ。
「その程度かダルフ!!」
「この……ッ!」
赤面したダルフは、溢れ出す鼻血を止めようともせずにヘルヴィムへと駆けた。閃光に乗り、幾重もの道筋を残して空を切り裂く。
「ォォアアアッ!!」
雷電の痺れを周囲に走らせて、ダルフはヘルヴィムの頭上へと舞い上がっていた。そして獣の様な咆哮と共に、彼の振り上げた掌には魔力を凝縮した白雷の剣が現れる。
「『
「それが今のお前に出来る奥義!? 全力ってカァアア!!」
ダルフの振り下ろした雷撃の一振り――!
棒立ちのまま視線を上げたヘルヴィムの、丸いレンズが光を反射する。
「な――――ッ!!」
「それだけなのかクソボケガァあ!!」
しかしダルフが今、死物狂いで会得した奥義でさえもが、その男の振り払った瞬く聖十字の一薙ぎによって粉々に打ち砕かれてしまった。
「……っ!」
唖然としたダルフが目前に落ちて来るのを見据え、ヘルヴィムはその拳を掌で打ち、腰を落とす。
――そして
「ヴェルトに何を学んで来やがったァアア!!!」
「ぅガ――――ッ!!?」
炸裂した聖拳がダルフの下腹部を貫き――爆ぜる!
物凄い衝撃音に瞼を薄く開いたラァムが、肉を四散させていったダルフの光景に、愕然とした声を漏らした。
「ぁあ、……そんな、ダルフ……っ」
少女の必死なコントロールによって影を潜め始めていた魔物達が、再びに湧き上がり始めている。
「やっぱり無理だよダルフ……もう……」
力無く膝を崩し掛けたダルフは、ラァムの声に耳を傾けていた。
「……っ」
「ダルフは死なない……でも、痛いんでしょう? 私達と同じ様に、あなたもしっかり痛みを感じてるんだよね!?」
「……」
「あなた程じゃなくても、私も知ってるんだよ……“痛い”って事が、どれだけ人の心を傷付けるのか、どれだけ苦しいのか」
「……」
「それ以上こんな思いをしたら、ダルフの心が壊れちゃうよ……あなたの気が、おかしくなってしまう……だから……っ」
背後で喚き始めた少女――ラァムへと視線を移したヘルヴィムが、忌々しそうに地に突き立てていた聖十字へと手を伸ばし始めた。
「――――ぬ?」
しかしその槌は、上から重く何かに伸し掛かられているかの様に、ピクリとも動かなかった。
「……!」
そして、ダルフへと解き放ったままとなっていた右腕に、軋む肉に押し阻まれる様な感覚を覚えて、ヘルヴィムは顔を上げていた。
「心配するな……ラァム」
「……それ程の覚悟か、ダルフ・ロードシャイン」
目前の男の掲げた足が、聖なる十字架を足蹴にして強く踏み付けている。
更にダルフの下腹部を貫いたままとなっていたヘルヴィムの右腕が、恐ろしい程の怪力に掴まれて固定されていた。
「俺の力ですら振り払えぬその怪力……
ダルフは神罰代行人の腕を腹に取り込んだまま、吹き飛んだ肉を再生していって、差し込まれた腕を硬い腹筋で拘束する。
無論、自らの内臓を貫いたまま蠢く物体は、彼に想像を絶する痛みを与えている。
――口元から垂れていく血液。だが煌めく正義の眼光は、その迫力を微塵も緩めなかった。
「父さんから何を学んだか、だと……?」
「そうだぁあ……そう問うたァァア!!」
その手の聖十字を落とし、振り抜かれていったヘルヴィムの左の拳は――
「んぬ……ッ!?」
――ダルフの頭突きで弾き落とされていた。
鼻を突き合わせて睨み合う両者……流麗なる金色の頭髪の下へと、額からの赤が滴り落ちていく。
左手で、腹を貫いたヘルヴィムの右腕を固定したダルフは、
「想いを曲げぬ心」
「……!」
「己が内に決めた正義を貫く心!」
「クッふふふ」
「俺が父さんから貰ったものは……この
最早“鬼”と表現した方が適切であるかの様な相貌で、ダルフはヘルヴィムの顔面を殴り付けた。
「ぬ――――っ!」
全開で振り下ろされた拳に、ヘルヴィムは呻いて血を吐く。けれど人間離れしたこの男の驚異のタフネスは、地を踏みしめてまたダルフの眼前へと戻って来た。
「それだけぇ? ソレだけなのかッ!! あのクソオヤジから教わった事が、たったの……ッ!!」
ダルフは歯牙を剥くと、二度、三度と雷電纏う拳を振り下ろす。血を噴いたヘルヴィムの体はその度に沈み込んでいくが、彼もまた激憤の表情をして体を起こしていくのであった!
「ソレだけぇえ!!? ソレしか教わらなかったのか!! あぁの偏屈オヤジを持って!! たったのぉおおお!!!」
気迫と気迫が、肉と肉が全開でぶつかり合う!
余りにも泥臭く、血なまぐさい争いに、最早周囲に居る信者達は足を止めて彼等を傍観していた。
「ぬぁ……?」
顔面への猛打を浴びて、ヘルヴィムの膝がガクンと落ちる。そして血に濡れた顔を上げるとそこには――
「それだけだ――――ッッ!!」
かつてのヴェルトと同じ、猛々しいまでの正義に燃えた眼光が、握り込まれた拳と共に落ちて来ていた――
懐かしく、そして苦々しい
「ケッ……」
目は滾らせたまま、ダルフを見上げて口元を吊り上がらせた。
「じゃあぁ、充分じゃねぇぇかぁ……」
「――ウオオオオオアアアアア゛ッッ!!!」
固く握りしめ、側頭部を捉えた右の拳が、ダルフの全体重を乗せて捩じ込まれていく。
「ァァァァァアアアアアアアアアアアアア――ッッ!!!」
拳に捉えられたヘルヴィムは、深く振り下ろされていく鉄拳に大地へと連れられていきながら――その時が訪れるまで、ダルフの気迫をしかと見詰め続けていた。
そして思う――――
――血も繋がっていやがらねぇ癖に……
溢れんばかりのエネルギーに満ち溢れた瞳を見つめ、地に落ちて行きながら……
――どうしてテメェは
「――――ゲハァッッ!!!」
そして――固い大地に深く押し込まれたヘルヴィムは白目を剥いた。
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