第274話 戦乱の元凶
「元きょ……?」
「しぃぃらばっくれてんじゃねぇぞぉユダァ! この魔物騒ぎ、全てお前の仕業だろうがぁ『魔物使い』」
キョトンとしたラァムをヘルヴィムが怒鳴りつけている。ダルフも驚愕として少女を見たが、当の本人は訳も分からずに首を傾げていた。
「魔物つかい……?」
「無自覚かぁ……ならば尚罪深きぃ!!」
ヘルヴィムは標的をラァムへと変えていきながら、聖十字を眼前に構えていった。
「シィエエエエエイイ――ッ!!」
「キャァっ!」
少女へと襲い掛かろうとしたヘルヴィムに、無数の魔物達が牙を剥いて飛び掛かっていく。
「鬱陶しいぞケダモノがぁあ!!」
瞬く間に大槌に押し潰された魔物は地に溶けて消えていくが、続々と数を増やしていく赤目の獣は、空と地から飛び込んでその手を緩める気配は無い。
「やっぱり魔物さんは私を守ってくれているの?」
「カァァァ小賢しいッ!!」
数多の魔物を一閃で薙ぎ飛ばしたヘルヴィムであったが、傷付いた全身からボタボタと血を垂らして聖十字を地に着いた。
「はぁ……ハァァ、おのれユダぁ」
荒い息を立てて獣を見渡していく。そうこうしてる間にも魔物は数を増やしていって、気付く頃には大群となってヘルヴィムを睨め付けていた。
「フゥぅぅ……あぁ……クク!」
千ともなろう赤目にじり寄られたヘルヴィムであったが、ニカリと笑って聖十字を肩に担ぎ上げていく。
「上等だぁぁ赦されざる生命をぉ、この手でこんなにも葬れるぅ……!」
「逃げようダルフ、今の内に!」
「上等ダァァアアア――ッッ!!」
神罰代行人に向けて獣の大群が雪崩込んでいったその時――
「ヘルヴィム神父っ!!」
「――!」
何処からともなく降り落ちてきた黒の狂信者達が、それぞれに携えている十字を模した銀の長剣で魔物を切り付けていた。
「オマエラァ!!」
ヘルヴィムに加勢する黒ずくめの信者達。彼等は皆スータンの前をキッチリと閉めたまま、傷付いた隊長を背に囲い始めていた。
「どうしたんですかぁヘルヴィム神父!」
「……フゥド」
生意気な声が彼を嘲笑する。
ヘルヴィムは目前に立った男の、黒いレザーに聖十字の刻印のあるグローブを見つめた。
「神罰代行人ともあろう貴方が、まるで血塗れの罪人かの様だ!」
ヘルヴィムと同じ
そして周囲の信者達も同じ様に笑ってヘルヴィムの元に集い始める。
「くっく……全くだぁ……まぁったく、だらしのねぇったらありゃしねぇえ!!」
「元凶はあのユダですか?」
ヘルヴィムの目前で背を向けた青年、第1国家憲兵隊副隊長であるフゥドは、他の信者の様な長剣を持たずに、諸手であった。彼に馴れ親しんだ様子でヘルヴィムも口を開いていった。
「あぁそうだぁ……奴が『魔物使い』だ」
「……なれば、断罪を」
ヘルヴィムを真似た鼻眼鏡が夕暮れを反射していく。
フゥドは斜めにした顔で不敵な笑みを漏らしたまま、眼前でグローブの指を蠢かし始めた。
「罪過に十字架を」
そして低い姿勢で構えていくと、レザーのグローブに刻まれた聖十字の刻印が白く発光し始めた。
「赦されざる生命に――」
そう続けた青年の声に、信者達は白い歯を見せて呼応した。
「「「――神罰を!!」」」
そして入り乱れる魔物と黒のスータン。激しい戦闘を優勢するは、よく鍛錬の積まれた騎士――十字の長剣を煌めかせた信者の様だった。
「頑張って魔物さん!」
ダルフと共にその場から逃走を図ろうとしたラァムであったが――
「侵入者……ユダ!」
「断罪を!」
「……っ」
彼女達の選択し得る逃げ道には、既に黒の狂信者達が剣を抜いて佇んでいる。
「カァーハハハハ……良くやったぁお前達。よぉおく駆け付けてくれたぁ……クゥソガキ共の前でぇ、親父がこんな情けねぇ姿でいられねぇよなぁぁ」
「ヘルヴィム神父……」
「エエ――ッ!!? いられねぇヨナァアア!! ホザンナァァァアッ!!」
髪を逆巻かせて勢い良く立ち上がったヘルヴィムであったが、無駄に絶叫した為に傷口が開いてしまった。
「……まったく」
前に出ようとした神父を遮ったフゥドは、嘆息と共に困り顔をして見せる。
「煽ったのは俺だが……今は休んでいて下さい」
「……ウゥぅぅ……!」
「貴方程の方が随分と痛め付けられたものだ。一体誰に?」
「ルルードだぁ……あの老いぼれぇ」
「……っ」
フゥドは飛び掛かって来た魔物を殴り付けると、やや神妙な顔付きになってヘルヴィムを窺い出した。
「……それで、ルルードは死んだのですか?」
「あぁー? どっちにしろ死にかけのジジィだぁあ、放っておいてもどうせ2・3年で死ぬから捨て置いて来たぁ……」
「そうですか」
やや安堵した様子のフゥドにヘルヴィムは告げていく。
「義理とはいえ……家族と名の付いた者は大切にするぅぅ」
「……」
「それがたとえどぉんなボンクラでもぉぉお……ッなァ!
ヘルヴィムに呼び掛けられた信者達は、父として慕う彼にそれぞれ白い歯を見せて応えていった。
「ヘルヴィム神父! そんな所で休んでないで手伝って下さいよぉっ!」
「がぁーはははッ! すぅこしは親父を労えぇ、クゥソガキ共がぁぁ」
息を荒げたままに笑みを返していくヘルヴィム。そんな彼に物憂げな視線を向けたフゥドは、次に冷たい視線を前方のダルフへと差し向けているのだった。
「……Shit」
そしてグローブを深くはめ直しながら、フゥドは走り出した――
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