第273話 魔物使い


 庭園を抜けると、ラァムは人々の阿鼻叫喚する都へと飛び出した。

 そこでダルフが目にするは、数多の魔物が人々を喰い荒らしている光景。抵抗する者もいるが、一方的に人間が蹂躪されている。

 何故こんな悲劇が巻き起こっているのか?

 そんな疑問などつゆ知らず、目を剥いたダルフを乗せて車椅子は疾走していく。オレンジの空の下、人の悲鳴や血液飛び交う狂乱の都の最中を抜けて。


「ケェエエエエエイ!!」


 髪を逆立てたヘルヴィムが後を追って来ている。


「どうしよう! 何処に行ったらいいかわからないよ〜っ!」


 魔物が雄叫びを上げてヘルヴィムに飛び掛かっていくが、塵芥ちりあくたでも払い除ける様にその聖十字で一閃されていった。

 ラァムは立ち並んだ民家の方へと進路を変えていくと、連なった家から家へと壁を抜けていった。


「あの人あれでも神父様なんだよね? だったら人間に危害を加えたりは出来ない筈! ここには入って来ないよね!」


 家の中には身を潜める民が見受けられた……だがそんな淡い期待はすぐに水泡に帰す結果となる。


「ホザンナァァァアッッ!!」

「え、えええーっ!!?」


 ヘルヴィムは振り上げた聖十字をブンブンと振り回し、何の迷いも無く壁を打ち砕いて直進して来る。まるで戦車でも通り掛かった様な道筋は連なった民家を突き破り、何処までも続いて地響きを立てた。

 連続した民家を抜けたラァム達のすぐ背後で、壁が打ち崩される。


「う、うう、うわぁあー!!」

「ユダぁぁぁあ!!!」


 間近にまで差し迫ってきた神罰代行人の恐ろしい形相に、ラァムはまた駆け始めた。


聖釘せいていィィアッ!!」


 ヘルヴィムが空に釘の一本を投げ放つ。するとそれは急激に進路を変え、ラァムの肩を撃ち抜いていった――


「――ぁッ……!」


 肩を貫かれたラァムは車椅子を投げ出して地に伏せた。


「ラァ……ム……!」

「いたい……イッ……!」


 苦悶の表情をした少女は、突如風穴を開けられた肩を抑えてうずくまる事しか出来なかった。


「カァァァアア――ッ!!」


 吹き抜けた大通り。そこに走り込んで来る神罰代行人の影。そして捉えた標的を押し潰さんと、大槌が構えられていく。


「ぅう……ううう、痛いよ」

「……ラァムっ」

「鉄槌ぃイイイ――!!」


 ラァムの赤い瞳が、憎々しくヘルヴィムを射抜いて照り輝いていった。


「どうして私達ばっかり……なんで人間に虐められなきゃいけないの」

「――ぬぁ!?」

 

 幼き少女の激情に呼応する様に、ラァムの周囲には黒いモヤが無数に立ち上り始めた。


「フゥア――ッ?!」

「なんで私達ばっかり!!」


 モヤから現れた数十匹の魔物が、ラァムを守る様にしてヘルヴィムに組み付いていた。


「雑魚ぉおおおッ!!!」


 だが即座にヘルヴィムは雑魚を一蹴してしまう。そして鼻息を鳴らすと、恨みがましい視線を向けた少女を見やる。


「絶対許さない……」

「んッ!?」

「お兄ちゃんを、妹を、友達を……私の家族を殺した人間を……絶対に許さない!!」


 涙目になったラァムを守護する様に、また黒きモヤから魔物が湧き出していた。


「また助けてくれるの魔物さん?」

「ぅな……ッ?!」


 その異様な光景にヘルヴィムは面食らう。そして彼を中心に取り囲んでいく魔物の大群を見やると、に目尻を吊り上げ始めた。


「お前が原因かユダぁあ……」

「え、なに?」


 訳の分からないでいるラァムに向けて、ヘルヴィムは迫真の怒号を解き放っていた。


「お前がこの騒動の元凶カァァァッ!!」

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