第263話 老獪の恐るべき妙技
目に視えぬ互いの闘気がぶつかり合って空間を歪めていく。そこに立つは歯牙を剥き出した激情の男と、冷静沈着に場を俯瞰する老騎士。
緊迫した最中、先に動き出すのはやはり――
「ぇエエイイアア゛ッッ!!」
奇声にも似た声を上げたヘルヴィムである。振り上げた大槌のままに、凄まじい気迫でルルードへと迫る。
「フン、無鉄砲な勢いだけは変わらないな」
ルルードの投げ放った無数の長針を、ヘルヴィムはその大槌の一振りで弾き飛ばして飛び上がった。
「やれやれ、私の能力を忘れたとでも? 頭まで筋肉に蝕まれたか」
「ドォォタマかち割ってやるぅううッ!!」
後ろ手を組んだままの老人に、勢いのある聖十字が振り下ろされていく。
「かぁあギャ――ッ!!」
しかし悲鳴を上げたのはヘルヴィムの方であった。中空でよろめいた事により、大槌はルルードの半歩手前を抉っている。
「クソジジィがぁああ!」
「お前とそう歳も変わらんじゃないか」
軌道の読めぬまま頬に突き刺さっていた長針を引き抜きながら、ヘルヴィムは落ちたままの大槌を振り上げて距離を詰め始めた。
「ケェエ゛――ッ!!」
「そのままか? 真っ直ぐに突っ込んで来るだけ?」
細い瞳の向こうで、年甲斐も無い童心の煌めきがヘルヴィムを見下ろしていた。
「調子のんなァァァッ!!」
「『
「――カ!!」
ルルードが諸手を広げた瞬間、彼の背後にあった中空に白の空間が現れて、そこから射出されて来た無数の針がヘルヴィムを貫いていった。
「――ぅぅぅっぐぉオアア!!」
ヘルヴィムの全身に針が突き刺さり、掠めた肌に鋭い裂傷が現れる。堪らず呻いた彼は後方に飛び退きながら、荒っぽく腹の針を引き抜いていく。
血を垂らしたヘルヴィムの耳に恍惚とした声が聞こえ始める。
「あぁ久し振りの感覚だ。やはり切り刻むのは良い。よりいたぶる様に、薄く真っ直ぐ無数にやるのがエレガントだ」
ニコリと笑ったルルードが見下ろしていた男は、無表情に立ち上がってから、恐ろしい程に勢い良く首を曲げて――ゴギン! という音を響かせた。
「……ああー思い出したよ、余りにもみみっちい技なんでぇぇ、忘れちまってたぜぇえ」
「みみっちい技か……フフ。口下手なお前が私を挑発する時は、決まってそう言っていたな」
「覚えてねぇよ」
「そうか、だが私は実に久しく思うよ。私とお前、そしてヴェルトと三人で
歯を喰い縛ったヘルヴィムが、雄叫びをあげてまた突っ込んでいく。
ルルードは手元に針を構えながら、悠々と怨敵を待ち望む様にしていた。
「くぁぁぁあアアイッ!!」
「あの素晴しき日々が終わりを告げたのは何時だったかな、ヘルヴィム」
ルルードが正面から針を放ち、また左右の中空に白き空間が現れて銀の嵐がヘルヴィムを襲う。
「くぅぅうオオオオオラァアッ!!」
聖十字を正面に構えて眼光を灯らせながら、ヘルヴィムは横腹を針に貫かれながらも過激にルルードへと突撃していく。
「今
続く針の続投を振り回した大槌で叩き落としていく男が――もう一歩踏み込めばルルードの顔面を喰い破れる程に接近を果たす。
「ノレェえなジジィ!!」
「ノロイ? 私が?」
横薙ぎに振り払った大槌。その一閃が間違い無くルルードを捉えたと悟り、ヘルヴィムの口角が醜く上がる。
「――ッア!!?」
だがその一撃は、目前に現れた白の空間に溶けていった男には当たらなかった。
音が鳴る程の大振りをかまして、ヘルヴィムが体勢を崩して膝を着く。そしてその背に針が突き立った。
「――フゥァアアア!!?」
「この技はヴェルトにしか見せた事が無かったな」
「なにィが!!?」
振り返ったヘルヴィムが見るは、対角の壁沿いに立ち尽くすルルードの姿であった。
「どおおおいう事だクソジジィ!!」
ルルードは胸ポケットから取り出した白いハンカチーフで鼻の下の汗を拭いながら、ひどく性格の悪そうな笑みを代行人に向け始めた。
「力をひけらかすのは本当の強者ではないという事だ」
「イバラ――ッ!!」
ヘルヴィムが腕に纏わせたイバラをルルードへと伸ばしていく。しかし彼はまた背後の白い空間に消えて、今度は開け放たれた正面玄関の前に現れていた。
「ンぁあ?!!」
「フフ、まぁいい。どうせこれで最後だから教えてやる」
ヘルヴィムのイバラが、また別方向から放たれて来た長針によって中間で引き千切られていた。そして老人は徐々に感情を露わにしながら、彼に教えてやる。
「私の能力が本当に、お前がかつて“無茶苦茶に針を出せる”などと称した様に漠然としたものとでも?」
そして背後の白き空間に溶けたルルードの声は、目を見張ったヘルヴィムのすぐ耳元で囁かれる。
「私の能力は『空間収納』だ」
「ウヴァァァァ――ッ!」
咄嗟に背後に繰り出した裏拳もまた空を切る。そして慌てふためいた彼の正面に、ルルードは既に立ち尽くしていた。
「特別だぞヘルヴィム。おそらくお前は今後の私の余生に置いて最大の敵だ。故に勿体ぶらずに教えてやろう。いや、教えてやりたいというのが本音か。人間の自尊心というのは老後にこそ強まるというのは本当だな」
「御託はイイんだよおおおお! とっととそのチンケな技のタネを教えやがれぇエエ!!」
血に濡れた男を認め、薄くニヒルな笑みを見せ始めたルルードは『空間収納』という妙技の真相を語る。それは間違い無く、彼がヘルヴィムよりも強者であるという自負の表れであろう。
「私の能力は二十メートルの立方体の
「立方体?」
「そうだ、しかし私が物質を行き来、そして収納出来るのは
「ハァあッ!?」
「この二十メートルの立方体の面に私は針を収納している。残念ながらある程度サイズのある物は直ぐに排出されてしまうが、要は使い方だ」
「二十メートルって言やぁ……」
ルルードは指をパチンと鳴らしてヘルヴィムの理解を称賛する。
「そうだ。正にこのロビーは二十メートルの正六面体なのだ。そう設計してある」
血走った目でヘルヴィムはロビーを見渡していく。そしてこの部屋の全てが、ルルードの自由空間である事に歯噛みしていった。
「ぬぅうう」
「ここは正に私の空間だ。どうだヘルヴィム、お前に勝ちの目は?」
「……」
「ただし攻略法も簡単だ」
「あ゛?!」
「この立方体から出れば良い。それだけ。ほら、お前が先程蹴破った扉から帰って行くが良い」
「この老いぼれがぁぁ」
「ハッハ……もっとも、それではお前の目指すシェルターには辿り着けんがな」
ルルードの支配する領域に居る限り、ヘルヴィムは四方八方から針を打ち抜かれ、敵をまともに捉える事すらも出来無い。
正に絶対支配領域。敵の領域に居ては間違い無く勝ち目は無いであろう。
そんな最中に置いても彼は――
「ッ上等だぁぁあ……アアアーッッ!!?」
大理石の床を沈ませる程に踏み込んだ足で、ヘルヴィムは前へと歩み行く。
後ろ手に彼を待ち侘びていた
「流石はヘルヴィム、神罰代行人だ。こうなると信じていたよ」
「ルルードォオオオオ!!」
「望むままに……
相対する二人の視線が激しい火花を散らす。
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