第262話 切り裂きと神罰
「ウゥエエエエエエケェ――ッッ!!」
獣のものとも知れぬそんな雄叫びと共に、エルヘイド家の大門は蹴破られていた。
この様な状況でも未だ門番としての役目を果たしていた若い執事は、肩を飛び上がらせてヘルヴィムの前に立ち塞がった。
「ヘ……ヘルヴィム様お辞め下さい! ここはエルヘイド家の敷地ですよ!」
「それがどうしたぁぁ……アァアーーッ!!?」
「止まってください! 主の許しも無くこれ以上の蛮行……仮にも騎士隊長である貴方がこんな無節操な! それに、今はそんな事をしている場合では無いでしょう!」
エルヘイド家には固有の結界が展開されている。故に魔物は侵入していなかったが、この陣もそう長くは保たないだろう。
「ドケェ!」
「ぅあっ!」
ヘルヴィムは若い執事を押し退けて庭園をズイと進んでいく。
「お待ち下さいヘルヴィム様!」
「だぁからよぉう!!」
「――ッ!」
首から下げたロザリオを大槌へと変化させ、銀の十字架の切っ先が執事の首元に押し当てられた。
「……ぅ」
「直に魔物が押し寄せる。精々自分の身でも守っていやがれ」
へたり込んだ執事に踵を返すと、ヘルヴィムは目的の地を目指す。
「聖人とも呼ばれる御方が、これではまるで野蛮人だ……」
「ケッ!」
魔物の驚異に晒される中、エルヘイド家の住人達はまた別の厄災に見舞われるかの様であった。
エルヘイド家には手練の騎士も多い、しかし彼等は誰一人として、無作法にも支配者の邸宅へと踏み入ってくる暴君を止める事はしなかった。
――来るべくこの来訪者への手出しは、ルルードによって禁じられていたのだ。
「……どういうつもりだぁテメェ等?」
あまつさえエルヘイド家の正面玄関からロビーへと招き入れる様にとも、彼は従者達へと命じていた。
騎士が道を開けて屋敷への道を開いていくのを奇怪に思いながらも、ヘルヴィムは傲岸に振る舞って綺麗に整えられた芝の庭に、ガラガラと聖十字を引き摺った道筋を残していく。
扉の前に立った執事はヘルヴィムへと告げる。
「鍵は開けてあります」
立ち退いた執事を見やり、ヘルヴィムは聖十字を肩へと担ぎ上げると――
「ごぉヴァァァァァァ――ッ!!」
「――えっ!!?」
――迷いの無い豪快な前蹴りで大扉を蹴破っていた。
音を立てて向こう側へと押し倒れた扉の先に、シャンデリアの下で優雅に白いグローブをはめていく老人の姿があった。
「当然の様に入って来るな。まるでお前の庭であるかの様に」
冴え渡る細い眼光を認めると、ヘルヴィムは強い歯軋りを立てながら全身を力み上がらせた。
「ルルード……」
ヘルヴィムの張り裂ける様な怒気に反応して、彼の周囲の景色が歪み、強固な壁に亀裂が走り始めた。
「あの悪趣味な黒ずくめ達は?」
「都がどういう惨状になってんのか知ってんだろぉぉが、魔物もまた我等の粛清対象だ」
「ほう、ならばお前は?」
ヘルヴィムは巨大な聖十字架を眼前に掲げて告げる。
「
目を見張った従者達はその場を走り去っていった。
「相変わらずだなヘルヴィム。はて……およそ二十年ぶりか?」
涼しげに話しながらもすっかりと準備を終えたルルードは、憎き怨敵と相対しながらも緩く微笑むのみ。
「フゥ……フゥウウウ……!」
対してヘルヴィムはというと、かつての戦友であり好敵手の男に向かって、これ以上無く
「まるで暴徒だな」
「ルルード……二十年前に引退したくぅそジジイがぁ、なぁにしに出張って来やがったぁ」
「ハッハ、懐かしいよその喋り方。実に忌々しいままだ」
「カァ――ッッ」
「――衰えたか?」
「ンなッ!?」
眉間に向けて風を切って迫っていた聖釘が、ルルードの指の隙間に掴まれていた。釘は音を立てて地に落とされ、彼は黒いオールバックを撫で上げていく。
「かつての兄弟子に向かってご挨拶な奴だな」
ルルードは懐から幾本もの
「チィィッ!」
身を屈めて容易く針をいなしたと思ったヘルヴィムの眉間に、何時の間にか放たれていた二本目の針が迫っていた――
「――くぅううオッ!?」
ヘルヴィムが身を避けるルートを読み切った上でのニの針であったが、代行人は寸での所でそれを左手に掴んでいた。
眼球の目前にまで迫った針の尖端を眺めて、ヘルヴィムは歯を見せて笑う。
「速度が下がってんじゃねぇのかぁあ? 二十年のブランクはどうしようもねぇなぁあ!!」
笑みを返したルルードは、眼光をそのままに口元だけを吊り上げて言葉を返した。
「なに、まだまだ……」
神罰代行人と切り裂きの騎士。かつての三英雄が二人。
「ハレェエエエルヤァァア――ッ!!」
「切り裂いて
そして積年の宿敵へと、得物の切っ先を向け合う。
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