第261話 ただ神の意志として、徹底として厳粛に


   *


 突如として破られた結界。地から湧き上がる黒いモヤを纏う赤目の獣達は、空を駆け、地を走り、建物を飛び移りながら、人間達をその爪で裂き、牙で肉を食い破った。

 激しい憎悪すらも感じる程に獰猛な魔物達は、実に様々な形と形態で都を占領していった。

 狙うは天使の子メロニアスの首。宮殿を中心に魔物が溢れ返っていく。

 憲兵隊は魔物の討伐に駆り出され、先程まで平和であった都は阿鼻叫喚の大乱戦となっていた。


「都全土を襲う大規模な襲撃ぃい。あぁまりにも数が足り無いぃ、兵の数が少な過ぎるぅ」


 夕暮れの空の下、ヘルヴィムは何やらぶつくさと呟きながら都を闊歩かっぽしていた。彼は一人魔物を狩る事もせず、視界の端で殺されていく民を認めながら大股で歩んでいく。


「あぁ〜主よぉ、なぁーんて嘆かわしい光景なのだぁあ……我等は平和にボケ過ぎたぁ、結界に守られ平穏無事な泰平を生き過ぎたのだあぁ! 彼奴等きゃつらは遥かな昔より爪を研ぎぃ、怨みを滾らせて待っていたのだ、この反乱の時をぉ」


 屋根の上を歩いていた巨大な魔物が、赤き眼光でヘルヴィムへと狙いを澄ます。


「ウギィイイ――ッ!!」


 そして飛び掛かって来た大猿を、彼は事も無げに拳骨の一撃で頭蓋を粉砕する。


「――アッ、ぎ……ャ…………!!」


 そして歩みを止める事も無く、身振り手振りで神に語り掛けていく。


「あぁ〜主よぉ……あああーー主よォ! なぁんて惨い。まぁるで地獄の底に叩き落されたかの様だぁ、まぁるで我等が罪人かの様だァ!」


 天に伸ばしたヘルヴィムの手から、大猿の血液が滴っている。そして彼は恐ろしい目付きとなって胸のロザリオを握る。


「こぉれも全てぇ……我等が侵入者をのさばらせた責務ぅう」


 民を救うでもなく、魔物を蹴散らすでも無く、神父はオレンジの捻れた髪を逆立てながら都を進んでいく。


「助けてヘルヴィム神父……!!」

「お願いヘルヴィム様、どうか息子を!!」


 魔物が人を食い荒らす地獄の世界を、神父は肩で風を切って進む。


「ヘルヴィム神父ヘルヴィム神父! 聞こえてるんだろ、助けて!!」


 救いを求める民の悲鳴も、今の彼には最優先事項では無いが為に、無慈悲にも聞き捨てられていく。


「我等のせいだぁ、そしてぇ……のせいだぁ」


 苛烈な眼光で前を見据え、グングンと都を歩んで行きながら、神罰代行人は声を張り上げた。


「――故!! 始末ヲつけるッッ!!」


 胸のロザリオが浮き上がって標的の居場所を指し示している。彼はその一点を目指す。

 その場に居る侵入者を排除する事以外、今の彼には全てが細事でしか無い。守るべき民が目前で喰い殺されようと関係が無い。


 ただ神の意志として、徹底として厳粛に侵入者を粛清する。


 何故なら彼は紛れもなく、現代に残る唯一人の神罰代行人であるからだ。

 彼がやらずして誰が楽園の秩序を守るというのか。


「待っていろ、侵入者ダルフ・ロードシャイン」


 エルヘイド家を目指す道すがら、邪魔になった魔物のみを手早く駆逐しながら――彼は行く。

 血に濡れながら白い歯を輝かせ、ただ一点のみを凝視して。

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