第264話 インテリジェンスvs途方も無い馬鹿
そんな圧倒的な逆境に立たされても、ヘルヴィムは鼻の丸眼鏡を光らせて髪を逆立てていた。
ガラガラと音を立てて引き摺られて来る巨大な聖十字を、ルルードは斜めにした顔で見下げながら余裕綽々としている。
「……」
「……」
互いの距離が詰まっていく。やがてヘルヴィムの大槌の届く間合いとなろうが、執事長は優雅な佇まいのまま動かない。
「――チェリィアアアアアッ」
先程『空間収納』の理屈を語って聞かされたというのに、不可思議な程正直に突っ込んで来る男にルルードは嘆息する。
「また真っ直ぐに来るのか? バリエーションの乏しい男だ」
そして彼は目前で聖十字を振り上げた男に指先を向けていった。
「変化を与えてやろう」
「――フゥがッ!?」
ヘルヴィムが足元に現れた白き空間に転落すると、気付く頃には右手の壁から中空に投げ出されていた。
「――ハギィィああぁっ!!」
身を丸く固めたヘルヴィムの全身に、容赦の無い針が突き立って肌を切り裂いていく。
「単純な男だ……」
「ぅむぅうッ……ギェええ――ッ!!」
「――!」
中空でクルリと向きを変えたヘルヴィムが、壁を蹴って天井へと舞い上がっていた。やや眉を上げたルルードが気付く頃には、血に濡れた男は巨大なシャンデリアの上からルルードを睨め付けていた。
「ルゥがァァァ!!」
聖十字による横一閃が、シャンデリアを吊るしていた極太の鎖を断ち切った。
即座に頭上から降り落ちて来るシャンデリアを見上げて、ルルードは苦い表情を見せる。
――――――!!
「ドオオオだこらぁぁあ!!」
ひしゃげた音を立てて、ロビーの中心にシャンデリアが落下した。きらびやかな装飾品が無残に飛び散って瓦礫を舞い上げている。
そんなシャンデリアの残骸の上に立ち、ヘルヴィムは血眼で押し潰れた筈の男を探す。
「何処だ……どおおこだァア!!」
「騎士隊長如きの薄給でそれを弁償出来るのかヘルヴィム」
「――ハァ!!?」
「まるで理解が足りん様だ」
ヘルヴィムから見て左手の壁沿いに現れていたルルードは、凛とした佇まいのまま、遠巻きに豪華なシャンデリアの残骸を眺める。
「――おのぉおおれぇ!!」
踏み込んだ残骸品を高く舞い上げながら、ヘルヴィムはルルードに向かって疾走する。
鬼神の様に迫り来る男に呆れ返りながら、彼は指先を地へと向けてこう言った。
「
ヘルヴィムの背後で地に落ちたシャンデリアが白の空間に呑み込まれて消えた。
そしてルルードは、次に天井を指し示しながらほくそ笑む。
「
「――ハァあうあ?!!」
――割れた巨大なシャンデリアが、今度は天井からヘルヴィムの頭上に迫り落ちて来ていた!
「イバラ――ッ」
早くも再生を果たしていたイバラを伸ばして、手近の支柱に絡ませて移動したヘルヴィムはそれを回避する。
そして歯牙を見せながら叫び上げた。
「算数は苦手なんだよオオ!!」
足りない自らのおつむに清々しい程に逆ギレをした男が、土煙の上がったロビーを苦々しく見下ろしていると――
「こんな問題も分からんのか馬鹿め」
――嘲りと共に、ヘルヴィムの掴まっていた支柱が、背後の壁から現れたシャンデリアに砕き去られていた。
「――ダァ! くぅそがぁあ!!」
驚異的な反射神経でその場を飛び退いたヘルヴィムが地に降り立つ。
「ぐぅう……!」
そして血を被った様な出で立ちで息を荒げた。
壁から現れたシャンデリアが横向きになって落下したその手前で、ルルードは眉根も動かさずにヘルヴィムを見据える。
「カァアッ! やぁっぱり無茶苦茶に針を出すだけのみみっちい技じゃあねぇかぁあ!」
「……」
顎に手をやって考え込んだルルードは、先程からどうしても拭い切れない馬鹿な質問を一つしてみた。
「まさかお前、私の能力をまるで理解せぬままに戦っているのか……?」
「アァッ!!? それがどうした! インテリぶってんじゃあねぇぞジジィィ!!」
「なんと……」
目を丸くしたルルードは、とても信じられない返答に頭を振るって目を瞬いた。そして憐れむ様な視線を代行人へと送る。
「この様な事も解らんのは、幼子かお前位のものだ」
ヘルヴィムがスータンの前を
「ふざけんなぁ! イイぃ加減分かって来たぜぇぇ!」
「またそれか?」
「イィくぞ老いぼれェエエ!!」
聖十字を地に引き摺って火花を立てながら、ヘルヴィムは苛烈にルルードへと迫る。
「『
正面のルルードの手元から、そして左右に現れた白き空間より、時間差を付けながら無数の針が射出されて黒きスータンを貫く。
「……ぅうぐおおおぁぁ」
「ここまで馬鹿だったかヘルヴィム?」
全身を貫かれていきながらも、ヘルヴィムはギラリと瞳を灯らせた。そして針の打ち出されてくる左手の白き空間へと体の向きを変えていく。
「ン……グゥァァッ
怒涛の針を正面から受けながら、ヘルヴィムは釘をその空間へと投擲した。
「フフ」
ルルードは鼻で笑うと、ヘルヴィムとは反対側の壁際に出現した。そして背後に現した白き空間より、先程収納した聖釘をヘルヴィムに打ち込む。
「残念だろうが、この空間における物質の行き来は私の任意だ」
勢い良く解き放たれていった釘が、ヘルヴィムの頭蓋へと迫る――!
「――ん?」
そう声を上げていたのは、今度はルルードの方であった。ヘルヴィムの頭に向けて放った筈の釘が、青筋立った額の直前、その中空でビタリと静止して方角を変えていくのを目撃する。
「お前こそぉ、忘れてんじゃぁあねぇのかルルードォオ……」
「しまった――」
釘は標的を定め、ルルードへと直進していった。
「聖釘は標的を追うぅ……!! ひひひ!」
ルルードはまた白き空間に溶けて別の地点に現れる。しかして聖釘は、軌道を変えて彼の転移した先へと迫り続けた。
「おのれ――っ!」
「釘釘釘クギィイイ――!!」
転々と居所を変えていくルルード。更にヘルヴィムによって新たに投げ放たれた幾本もの釘が、速度を増してルルードを追尾していった。
「おのれ……落ちろッ!」
老獪は白き空間より嵐の様に射出した針でそれを打ち落とそうと試みるが、釘はしぶとく宙を走り続けた。
そして遂に釘は標的へと到達する――
「――くぅ……ッヅアアァ!!」
正面に迫った釘の二本をルルードは捉えていたが、残る三本の釘は彼の体を容赦無く貫いていった――
「うぅ……!」
一度対象に触れた事によって、聖釘は効力を失って地に落ちる。そして腹部を貫いていかれたルルードは、吐血して腹を抑え込んだ。
「タフネスはカラッきしかぁぁ? アアー!!? ジジィ!!」
ルルードの外傷は腹部に局限している。そんな彼とは対象的なまでに全身に血を浴びた男が、ルルードの頭上に立ち尽くした。
「――!」
「……ヘルヴィムッ!!」
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