第259話 テーブルに並ぶ肉共


 立ち止まりながら慌ただしく踵を揺するメロニアスは、ようやくと待ち望んでいたものが来訪して短く息を吐いていた。


「主様……お食事になります」

「遅いぞルルード!」


 くぐもった声に向かっていったメロニアスは、扉を開けて執事長を迎え入れる。

 台車と共に現れた深いシワの男は、あらん限りの料理をテーブルまで押して来ると綺麗に並べ始めた。


「食事にするぞ。とっとと済ませて俺は宮殿に戻らねばならん」


 メロニアスに習ってリオンとピーターは席に着くと、ダルフの車椅子もテーブルに寄せた。


「早くしろ! 早く早く!」

「主様。相変わらず食事となると急いていますな」


 やがて立ち並んだテーブルの上の光景を見て、ピーターは怪訝な顔付きになっていった。


「お肉料理ばっかり」


 壮観と呼べる程にテーブルに並んだ肉料理の数々を眺めて、ピーターは困惑しながらダルフを窺った。


「……」


 彼はやはり何の反応も示さない。

 すると静かにリオンは話し始めた。


「ねぇメロニアス。もしかして私達を客人として持て成しているの? それとも貴方は普段からこんなに肉を食べているのかしら」

「……」

「肉は希少な筈でしょう? エルヘイド家といえど、この先何が起こる分からない未曾有の状況で、高価な肉を有り余る程にテーブルに並べるのは何か妙よ」


 一面の皿の上が茶色に満たされたテーブルを見渡しながら、メロニアスはチラリとダルフを一瞥する。


「……」


 なにやら彼に気遣って、何かを言いあぐねている様にも見える。


「何か隠しているのメロニアス?」

「え、どういう事よ小娘」

「目聡いな……黙して喜んでいれば誰も傷付かなかったものを」


 すると彼に変わって、何食わぬ顔をしたルルードが細い目つきのまま口を開いた。


「早く使ってしまわないと腐ってしまうのでね」

「腐る……? 今世界は貧困に喘ぎ始めている時よ。どうしてケテルには食材が有り余ってるって言うの?」


 そのまま話し出そうとしたルルードを、メロニアスは制していた。そして白銀の瞳はリオンでもピーターでも無く、そこに項垂れたままのダルフに言い聞かせる様にして開き始めた。


「先程俺は言ったな。此奴とは違い、俺は手の届く者しか守れんと」

「ええ……」


 漂い始めた陰鬱な空気の中で、ピーターはこめかみから汗を垂らしながら頷いた。


「終夜鴉紋の覚醒によって異変が起こったのは魔物だけでは無い。その時天輪の下に居た、奴の仲間のロチアートもまた恐ろしい力を解き放つ様になった」

「まさか……」


 ピーターが生唾をゴクリと呑み込むと、メロニアスは誰でも無い――ダルフに向かってこう言い放っていた。


「農園のロチアート達は


 ――長く沈黙を貫いていたダルフの指先が、ピクリと動いた。


「この離れた地においても、万が一にも奴等に変異が起こり始めるその前に――」


 永遠に項垂れているかと思われたダルフの頭が揺れ動き、視線を上げてテーブルの上の肉達を認める。


「――反逆の芽を摘んだ」


 虚空の瞳を落としたダルフは、その目頭から細い涙を落とし始めた。パクパクと動き始めた口元は、何の言葉を発するでもなく、ただその感情に揺すぶられているだけの様に思われる。


「ダルフ!? 意識が戻ったのね!」


 久方振りに彼に反応らしいもの見たリオンは、椅子を倒して側に寄る。


「ダルフ、ダルフ! 聞こえているの!?」

「…………」


 何も語らないダルフはまた心を閉ざす様に項垂れると、長く伸びた髪の隙間から涙の煌めきだけを覗かせた。

 ピーターはメロニアスを非難するように首を振った。


「あんまりよメロニアスくん……そんな事わざわざダルフくんの前で」

「耳を閉ざしてどうなる」

「……え」

「やがて意識は戻ろう。しかしそこに立ち上がる心が無ければ、それは同じ事だ」


 真っ直ぐに向けられる白銀の視線は、ピーターでもリオンでも無く、やはりダルフにだけ注がれていた。


「耳を塞いでどうなる、目を瞑って何が見える、心を閉ざして何が変わる」


 そして彼を責め立てる声は容赦無く続く。


「気に喰わぬのなら声を荒立てろ。黙していれば望む未来が得られるとでも?」

「ちょっと、メロニアスくん……」


 ダルフの側で明らかに憤慨した様子のリオンが彼を睨め付けるが、メロニアスは厳格な風格を纏って続けた。


「お前が行くのは修羅の道だろう……!」


 まるで彼を揺り起こす様に放たれた叱咤しった

 テーブルに拳を叩き付けたメロニアスは、幾つかの肉を行儀悪く手に取って去っていく。


「全く持って興が削がれた……いや、元々興など乗っていないか」


 リオンからの刺すような敵意を背に浴びても、彼は眉根も動かさずに歩んでいく。

 ルルードはこれ見よがし主へと語り掛けながら、その後を追って行った。


「先代の決断は間違っていませんでしたね……エルヘイド家の……いや、世界の支配者はあの様な男であって良い筈が無い」


 二人が退室すると、そこには静かにすすり泣くダルフの声だけが残った。

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