第258話 神罰代行人の宿願


   *


 シェルターの内部は以外と広々としていて、生活するのに充分な環境が整っていた。ベッドにソファにテーブル、無論キッチンやトイレも備え付けられていて、調度品にも抜かりが無い。床はシェメシ鉱石では無く普通の大理石になっているので魔力を吸い上げられる心配も無かった。リオン達からしたらまるでスウィートルームの一室を貸し与えられたかの様な感覚であった。


「ほとぼりが冷めるまでここで過ごしていろ。ヘルヴィムの目を盗めるタイミングを見計らってこちらから合図を送る。その際はここを出て何処へでも行くがいい。それまで食事も用意してやる」


 ペラペラと口元を動かしたメロニアスは、手元の車椅子を適当に投げ出してからフカフカのソファにふんぞり返った。


「全く持って骨が折れたぞ……」


 大きなテーブルを挟んで、彼と向かい合う様に備え付けられた椅子にリオンとピーターも座る。


「それは手厚い事ね……で、どういう風の吹き回しなのかそろそろ教えてくれるのかしら?」


 車椅子を手近に寄せながらリオンがそう聞くと、メロニアスはしばし瞳を瞑ってから白銀の虹彩を露わにしていった。


「先程も言った様に、お前達に手を差し伸べるのは俺のエゴにほかならない。我慢ならんのだ、例え代行人の使命を邪魔立てする結果になろうとも、これ以上この都で人が死ぬのは」


 二ヶ月前より、都に度々と魔物が侵入を果たしていると言っていたメロニアス。彼の眉間に深く刻まれたシワ。犠牲になった民も多いのだろう。彼の心労を労う様にして、ピーターは彼に優しげな言葉を向けていた。


「優しいのね、やっぱりダルフくんそっくり」

「いいや其奴とは違う……」


 メロニアスの視線がダルフへと移っていく。彼の次の言葉は、ダルフのこれまでの行いを伝え聞いた上での独白に聞こえた。


「俺は手の届く者しか守れん」


 押し黙ったメロニアスは、程無くして話し始めた。


「神罰代行人の使命は、古来よりただ一点のみ」


 ようやくと腰を落ち着けて話し始めた彼に、リオンは耳をそばだて始める。


「異界からの侵入者を神に代わって駆逐する事。奴の宿願はそれに尽きる」


 浮き上がったロザリオを見下ろして、そんな事を叫び回っていたヘルヴィムの姿をリオンは思い起こしていく。


「異界ってどういう事なの? ダルフが別の世界から来たとでも?」

「いいや、此奴の出自に関しては俺が証明出来る。百歩譲ってそうであるとしたら、ロザリオは俺にも反応を示す筈であるからな」


 血を分け合った双子による証明。ならば何故ダルフから異界の気配がするというのだろうか?


「ねぇねぇメロニアスくん。そもそもあのロザリオって何なのよ? ヘルヴィムが他に使っていた武器に関してもそう。魔力も無しにどうしてあんな奇天烈な力を発揮しているの?」

「あれ等は神罰代行人が引き継いで来た“聖遺物”だ」


 オカルトチックな話しであったが、あの強烈なる力をリオンもピーターも目撃してしまっている手前、安易に笑い流す事は出来ようも無かった。


「聖遺物って、カトリックにおける信仰の対象、不思議な力を持つ聖人達の遺品?」

「ああ、殊更ことさらに奴の相伝する物は並のものとも、その上位にある十二使徒に関するものとも一線を画した、神そのものに起因する神聖なる物だ。あの物質そのものが、魔力とは違う未知で神秘な力を宿している」


 語る本人ですらが眉唾そうにしながら、しかして腹の中に仕舞い込む事しか出来ようも無く、話しは進んでいく。


「不思議な事に、ロザリオはあのミハイルにも反応を示すという。それは奴が人類では無く天使そのものであるが故か、奴の持つ余りにも超越的な力に反応しているのかは分からないが」

「ミハイル様に反応するですって?」

「ああ、理由は不鮮明だが、ただ間違い無く言える事は、に反応するという事だ」


 黙していたリオンが、髪を流してメロニアスに訊ね始めた。


「ダルフは貴方と同じ場所、同じ人から産まれた筈でしょう? 後天的にロザリオが反応するなんて事があり得るの?」 

「聞き及んだ事は無い」

「だったらおかしいわ。彼の生い立ちを聞いた事があるけれど、そんな珍妙な世界に踏み込んだなんて話しは全くしていなかったもの」

「ふむ……俺が推察したのは、此奴の“不死”という能力とロザリオの反応が関係しているという事だ」

「確かに彼のその能力は人智を超えたものであるけど……前例が無かった訳では無かったんでしょう?」


 しかしメロニアスは首を振って、長いまつげを伏せていった。


「この長い歴史上で数人程度しか確認されていない……そして彼等は皆、異界からの侵入者であるとして神罰代行人に粛清されている」


 ピーターが顔をひきつらせてソファから転がり落ちた。だがリオンもメロニアスも気にせずに続ける。


「……じゃあやっぱり不死と関係が? それならば後天的に反応を示す様になったのも頷ける」

「超越的な力に反応を示すのであればミハイルの件にも納得がいくな」


 リオンはソファから立ち上がると、ダルフの無実を声高に語り始めた。


「だったらやっぱりダルフは異界からの侵入者じゃないじゃない!」

「……そうだとは思うが、代行人の云うそれが人物だけで無く、力そのものも対象に含んでいるのだとしたら同じ事だ」

「なによ、ダルフは侵入者でも無いし、不死という力だって終夜鴉紋を打ち倒す為に覚醒した力なのよ? どうして代行人なんかに恨まれなきゃいけないのよ! そもそも侵入者を駆逐するって何よ、そんな事をどうしてする必要があるのよ!」


 肩で息をするリオンを、ピーターはそっとソファに座り込ませた。そしてメロニアスは指先を組んで鋭い目つきに変わっていく。


「神罰代行人とは神よりの遣い。彼等はの循環の為だけに、異分子を排除する……」

「園……?」

「この世界は、奴等の云う所によると神の園であるという事らしい」

「訳が分からない。もうウンザリよ」


 不機嫌そうにそっぽを向いたリオンの背をピーターがなぞる。


「メロニアスくんに怒っても仕方が無いでしょう小娘」

「……」


 一泊置いてから、メロニアスは立ち上がって室内をぐるぐると歩き始めた。


「どちらにせよヘルヴィムという男にとって、疑わしきは罰するだ。お前達が此奴の無実を訴え掛けても何の意味もなさないだろう」

「そうでしょうね、大方想像通りで嬉しいわ」

「ちょっとやめなさいよ小娘」


 何かを待ち望んでいる様子のメロニアスは、顎に手をやって唸り始める。


「それにしても全く持って予想外だ。まさかロザリオが反応を示すとはな……通りで元々制御の効かん奴がいつにも増してと思った」


 間違い無くせっかちであろうメロニアスは、無意味な歩行を早めながらあれこれと喋り始める。


「これよりヘルヴィムは、神罰代行人の宿願の為に心血を注いでお前達を狩りに来るであろう。敵が誰であろうと関係が無い。ただ神の意志として目標を徹底的に追い詰める。その結果、例えこの俺に牙を剥く事になろうともだ」


 ピーターが上目遣いで白銀の翼を眺めながら相槌を打っていく。


「今人類はそんな事をしている場合じゃないのに……非前衛的ね」

「全くだ……ん、非前衛的とはどういう意味だ?」

「イケてないって事よ……チュッ」


 ピーターの投げキッスをしゃがみ込んでかわしたメロニアス。リオンは二人の会話を小耳に挟みながら、その時始めて非前衛的という彼の口癖の意味を知った。


「いんや待て、今思えばヘルヴィムはあれでギリギリまで自制していた様にも思えて来た」

「はぁ?」


 奇妙な事を口走り始めた天使の子にリオンは小首を傾げる。


「何言ってるのよ。初めから殺意剥き出しだったわ」

「あくまでも奴なりにだ。代行人の粛清対象が目前に居ながら、始めは黙って聞いていたではないか」

「何か重大な感覚が麻痺してるんじゃないの貴方?」

「奴の本懐を考えるとあれは妙だ。ロザリオの反応を知っていたならば直ぐにでも殺しに掛かっていて不思議では無いのだ……あいつはあれで情に深い奴だ。まさか実子では無いとはいえ、ヴェルト・ロードシャインの息子である此奴に手心を……」


 首を竦めたリオンが、溜息混じりにメロニアスに声を返していた。


「それは無いわよ。むしろロードシャイン家の面汚しって怒鳴り付けて来た位だもの」

「あいつは信じられん位に不器用な奴だからな……言葉では計り知れん。それにお前等は、あの男のこれまでの暴れっぷりを知らんからそう言えるのだ」

「私には心が視えると言ったでしょう? 間違い無いわ、あれは明確なる殺意以外の何者でも無かった」

「そうか……しかしに落ちんな」

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