第254話 異界の気配


 ヘルヴィムの語った言葉にリオンは絶句を禁じ得なかった。

 ダルフの不死という力、その代償に支払われているものが、ダルフの中のであるという。


「そいつは供物なのだぁ……神に無限に喰らわれ続ける、生贄なんだよぉぉお」


 リオンにはツバを飲み込んで首を左右に振る事しか出来なかった。そして彼の言葉を否定する根拠を捜して思考を巡らせるが――


「そんな、嘘よ……嘘だからね、ダルフ」


 リオンは見下ろしたダルフの頭髪に、僅かな白髪の束を認めて口元を抑えていった。


「おい! それ以上ダルフくんを虐めるなら……私も黙っていないわよ」


 ピーターがモーニングスターの柄を握りながらヘルヴィムへと眼光を向けている。


「また顔の上で花火を見せてあげる」

「面白いじゃあねぇえかぁあ、ユダに加担する異端者がぁあ!!」

「争うなヘルヴィム!」


 メロニアスは激情しながらヘルヴィムを止める。しかしそんな彼を上回る熱情が、咆哮と共にそれを拒絶した。


「イィマここでぇ!! 神罰を代行するぅうッ!!」


 忌々しそうに小鼻にシワを刻み込んだメロニアスは、懐から銀の小槌を取り出して地に打ち付けた。


火槌かづち!」

「――ぐっ!」


 突如ヘルヴィムの足元に浮かび上がった赤い魔法陣から、鋭利な炎の槍が天に向かって突き上がって来た。


「我が使命の邪魔をするなぁあメロニアスぅうう!!」


 頑強なる壁を突き抜けて、炎の槍が突き抜けている。ヘルヴィム程の男であれど、その炎の餌食にだけは是が非でもなりたく無いといった様子で、怒りながらも後退っていった。


「今の内に何処へなりとも消えろ!」


 頭を振ったリオンは、騒がしくなって来た騎士の間を後にする為に、ダルフを連れて背後の大扉を開いていった。

 だが――


「あ――っ」


 開き掛けていた大扉が、投擲とうてきされて来た数本の釘によって強く閉じ返されてしまった。

 心底困った様子で頭に手をやったメロニアスは、聖釘せいていを投げ放ったヘルヴィムを怒鳴り付ける。


「自制しろヘルヴィム! 一度本当に火刑に処してやろうか!」

「けぇエ――ッ!!」


 そういって小槌を構えたメロニアスであったが、ヘルヴィムは既に奇声を上げながらリオン達の前へと降り立ってしまっていた。

 

「待ぁあてよメロニアスぅ。まぁだ重要なぁ、なぁーによりも重大な問題が残ってるだろうがぁあ」

「問題……?」


 荒い息と共にダルフへと詰め寄り始めたヘルヴィムに、リオンが立ちはだかる。


「止まりなさ――」

「エエエエイッッ」

「――ゲホ!!」


 目にも留まらぬ裏拳でリオンは壁に叩き付けられた。そして神罰代行人は項垂れたダルフの髪を引っ掴んで引き起こしていく。


「な……」


 明後日を向いた視線。しかしそれ以上にメロニアスが驚愕としたのは、ヘルヴィムの首から垂れたロザリオが浮き上がって、確かにダルフへとその反応を示している事であった。


「――ッ」

「見ィろよメロニアス……どおおしてこいつからがするんだぁあ? あぁーッオイ!!?」


 ダルフを掴んだヘルヴィムの手首が、何者かに捻り上げられ始める。


「……いい加減に――」

「ウウウ゛ッ――?!」


 その凄まじい力に彼は握っていたものを手放し、苦悶の表情を見せながら歯を剥き出し始める。


「いい加減にしやがれぇ――ッ!!」

「ううぉああ゛がぁ――ッ!!」


 野太い声を上げたピーターが、その掴んだ手首だけでヘルヴィムを持ち上げてメロニアスに向けてブン投げていた。


「――ッチィイイ!!」


 宙空でひるがえったヘルヴィムは体制を立て直して地に降り立つと、万力に締め上げられた様に痛む手首をさすった。


「理ぃぃ由は分かったなぁメロニアスぅ……」


 眉間にシワを寄せたまま固まってしまっているメロニアスを他所に、ヘルヴィムは胸のロザリオを引き千切ってその手に握り込む。

 そして即座に巨大な槌となった聖遺物を振り上げながら雄叫びを上げた。


「神罰代行人の使命に賭けてぇ侵入者は排除するぅ。そこに例外は無くぅ、徹底としてただ神の意志としてぇ……塵芥ちりあくたの一粒も残サズゥ!! ィィ神罰を代行スルゥウ――ッッ!!」


 獣の目付きになったヘルヴィムが、聖十字を振り上げてダルフへと飛び掛かった。


「チィイイツジョの為にぃイイイ!!!」


「『炎の柱』――!!」


 ヘルヴィムは宙空を降り落ちながら、自分の眼下に発生した巨大な赤の魔法陣に気付き、口元をだらし無く開いていた。


「ウギャァァァア――ッッ!!!」


 そこから突き上げてきた極大の炎の柱に呑まれ、ヘルヴィムは天井を突き抜けたままに吹き飛ばされていった。


「メロニアス様がヘルヴィムを……」

「ふわぁ〜っ何がどうなっちゃってるんですか〜」


 ガルルエッドとエールトが驚嘆しているのと同じ様に、他の騎士達も面食らって言葉を失っていた。


「チッ――!」


 残された黒の狂信者の副隊長、スータン姿の鼻眼鏡が舌打ちと共に吐き捨て始める。


「おのれ……メロニアス!」


 第1隊の騎士――もといヘルヴィムに仕える狂信者達は、メロニアスに血走った視線を送りながら遠く飛ばされていった彼の元へと走り出していった。


「……ふぅ……ふぅ」

 

 いつしか息を荒げていたメロニアスは冷や汗を垂らしながら、ポカンとしたピーターとふらふらと立ち上がったリオンへと告げていった。


「悪いがお前等をこのまま返してやれなくなってしまった……」

「え……」

「ミハイルに一任された手前、このまま見殺しにするのは角が立つというのもある」

「見殺しって何が?」


 額から血を垂らしたリオンがそう問い掛けると、メロニアスは深く息を吐いてこう答えた。


「神罰代行人ヘルヴィム・ロードシャインの魔の手からお前達を救おう。全く持って面倒だが」

 

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