第253話 支払われ続ける不死の代償

「断る」


 ミハイルより告げられていた筈のダルフの剣を打つという使命を、メロニアスは悪びれる様子も無くキッパリと断った。

 二人は耳を疑いながら彼に訴えかけ始めた。


「どういう事よ、貴方達の崇拝するミハイルからの使命なんでしょう!?」

「ちょっと〜! ミハイル様から直々に言われてるんだから、断れる筈なんて無いじゃない!」

「悪いが俺はこの国の王。セフトの舵取りをしているのは奴だが、立場としては俺と同列かそれ以下。依頼を断る事が何か不可解か?」

「バァァカガァア!! 異物に助力などする筈がねぇだろうがぁぁ思い上がってんジャねぇぞユダがぁあ!! 滅、滅滅滅滅ゥゥウウ!!!」

「黙れヘルヴィム」


 顔を見合わせたピーターとリオンは、怪訝な顔付きをしてメロニアスに向き直っていった。そしてピーターから天使の子に問い掛けていく。


「理由を……聞かせて貰えるかしらメロニアスくん」

「くん?」

「あっごめんなさい、私タイプの男子にはくん付けしてしまう癖が……」

「ピーター……」


 刺す様な声と共に背後から迫る凍てつく空気を感じ、ピーターはニヤけた面を戻して続けていく。


「どうしてなのかしら? ダルフくんもまたミハイルより期待を寄せられる僅かな存在なのよ。終夜鴉紋を打倒する存在として……」

「分からないなら教えてやろう」


 メロニアスはさも面倒そうに息を吐きながらも、玉座に座り直してから律儀に答え始める。


「今のそいつに闘う意志はあるのか?」

「……それは」

「項垂れたまま心も閉ざしたその木偶でくに、終夜鴉紋を打倒する可能性が僅かにでもあるというのか? その情けの無い姿と、心で」


 リオンが拳を強く握り締めている。そしてピーターはメロニアスに反論していた。


「あるわ! 彼は絶対に立ち直るわ、そしてきっと終夜鴉紋を!」

「ならば示してくれ」

「え……」

「お前が抱くのと同じ希望を、俺の心にも灯してみせてくれ。そうすれば俺は、喜んで渾身の一振りを打って見せよう」

「っ……」


 そうして静まり返った大広間で、メロニアスは忙しそうに語り出す。


「この都に今しがた来た所であるお前達には内情が知れていないから伝えておくが、二ヶ月前より魔物の襲撃が続いている」

「二ヶ月前……それって?」

「そうだ。終夜鴉紋が空に天輪を開いてより、魔物の獰猛どうもうさが激化している。これまで破られなかった都の結界を幾度も破ってしまう程にな」

「……」

「分かるか? ハッキリ言ってそんな腑抜けに剣を打っている暇など無いのだ。そんな事をする暇があるのならば、戦う意志のある全ての人間達へと行き届くように剣を量産する方が遥かに有益だ」


 言葉も無く目を瞬くピーターの肩に、リオンはそっと手を置いて首を振った。


「いいわ、もう行きましょうピーター」

「で、でもダルフくんの……」

「他の方法がきっとある筈。少なくともその方が、ここに残って彼に懇願し続けるよりも可能性がありそうだわ」


 リオンが認めるはメロニアスの揺るぎ無い正義の思い。彼が語った言葉にはきっと嘘が無かったに違い無い。しかしだからこそ彼の意志を変える事は困難を極めていた。

 不承不承と納得し、踵を返した二人にメロニアスは告げていった。


「そう落ち込むな、数ヶ月いや数年、数十年すれば勝手に立ち直るだろう……何せ其奴には、無限の時間がある……不死なのだから」


 ピタリと足を止めたリオンが、メロニアスへと振りながら憎悪の情緒を振り撒き始める。


「ダルフは不死でも、不老じゃないわ。私達と同じ年月しかまともに動けず、そこからは死にたいと思っても死ねない。ただ老いていく肉体に蹂躪じゅうりんされ続け、やがては意識だけを残した存在になるのよ」

「な――――」

「ちょっと、ダルフくんも聞いているのよ?」

「良いのよ、ダルフも分かっていた事だから」


 その言葉にやや狼狽したメロニアスは、椅子の上から姿勢を正すと、彼女に向かって確かに頭を下げていった。


「すまない。今のは軽率な発言であった」


 深々と頭を下げるメロニアスに、ガルルエッドは目を丸くしながら主に伝えていく。


「こんな反逆者に貴方ともあろうお方が……お辞めくださいメロニアス様!」

「相手が誰であろうと、間違いを犯したなら頭を下げる。地位など関係無い、童子でも知っている事だガルルエッド」

「っ……」


 リオンは鼻を鳴らして彼に背を向けていった。


「椅子の上から謝った程度で聖人ぶるんじゃないわよ。すまないと思っているのならダルフの剣を打って頂戴」

「それは出来無い」

「あっそ……」


 車椅子を押して騎士の間を後にしようとすると、そこで嫌味な笑い声が二人の耳を突いていた。


「がががががぁぁ……そいつが俺達と同じ年月しか動けないぃ? それは違うなぁぁ」

「ヘルヴィム、よせ」


 止めさせようとしたメロニアスの行為を、ヘルヴィムは一笑に付すだけだ。


「黙れメロニアスぅう……神の園を踏みにじったこのゲス共に同情する余地など皆無! 知らしめてやるのだぁ、悲惨な現実をぉ、そして苦しみ悶えるがいいぃぃ」


 聞き捨てならない言葉にまたリオン達の足は止まっていた。そして不敵な笑みを漏らす男に振り返っていく。


「かつてそいつと同じ、不死の力を持った侵入者が居たぁ。これより数百年前の話であるが、そいつは今でも何処かで枯れ枝みたいな姿で呻いてるってよぉぉ」

「……」

「不死というのはまぁるで呪いの様だぁ。老いというのは無慈悲なもんだぁあ。やがて脳すらもが萎縮してまともに考える事も出来ねぇのにぃ、痛覚だけは鮮烈に残り続けるらしいなぁあ……」

「そんな悪趣味な話しをする為だけに私達を引き止めたって言うの? くだらない」


 するとヘルヴィムはクスクスと笑い出す。そしてギラついた眼はいたぶる様にダルフに向きながら、ねちっこい言葉でまとわりつく。


「そいつは肉の一片になろうと再生するぅ。例え魔力が無くてもぉ、世界のことわりに、道理に反するように際限無く……その力の代償が何処から支払われているか知ってるかぁ? あぁ〜? まさか何の対価も支払わずに再生し続けられるとでもぉ?」

「いい加減にして、何が言いたいのよ!」


 するとヘルヴィムは口角を吊り上げながら、爛々とその白い歯を剥き出していった。


「不死の代償に支払われるのはぁ――“とき”だ。そいつの中で無限に続くそのものだぁぁ」

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