第252話 優雅なるエルヘイド家の闇


 メロニアスの語り出した衝撃の事実に、ピーターは一人息を呑んだ。


「じゃあ本当に……ダルフくんがあのエルヘイド家の血筋だったって言うのね」


 エルヘイド家は皇族中の皇族。誉れ高き絶対支配者の家系に産まれ落ちたダルフが、何故捨て子とされたのか……


「なに、大した話しでも無い。それに皆も分かっていた事だろう。少々無茶だったが、それでも認める訳にはいかなかっただけだ」


 そう前置きをしてから、メロニアスは語り始めた。


「エルヘイド家は代々、一人の男児を寵児ちょうじとし、そこに全力の愛と教育を注ぎ込む。それがどれ程の出来損ないであろうと、この世界の帝王足り得る出来栄えになるまで、あらゆる手段を用いて仕立て上げる」


 メロニアスが語るは、この泰平の世ならではの特異な帝王教育論。しかして現にこのエルヘイド家は、気の遠くなる程の過去からこの世界の頂点に君臨し続けているのだ。


……そう、エルヘイド家の寵児は、一人で無くてはならんのだ。俺からすれば全く持って時代錯誤な話しだが、連綿れんめんと受け継がれて来た習わしは変えられんし、変える必要も無い。そうしてエルヘイド家は今も帝王の座に座り続けているのだからな」


 忌憚きたんなく語られていく、エルヘイド家門外不出の闇の側面。騎士達はやや動揺を示しながらも黙して傾聴に徹していたが、ふてぶてしく腕を組んだリオンは溜息と共に彼を急かし始める。


「勿体ぶらずに早く言いなさいよ。何故産まれる筈の無かった二人目の男児……ダルフが産まれたのかを」


 またヘルヴィムが笑い、騎士達が血相を変え始めたが、メロニアスは眉根も動かさずに彼等を制した。


「簡単な事だ。俺とそいつは双子として生を受けた。結果俺は選ばれ、そいつは選ばれなかった。捨てられて存在毎闇に葬られた。つまり間引きをした。単にそれだけの話し」


 淡々と語られた高潔なる血筋の混沌の足跡。その衝撃にピンと緊張の糸が張り詰めるが、メロニアスは最後にこう締め括った。


「全てはこの俺が支配者になる為の行為だった」


 心を痛める素振りも無く目を見開いたメロニアス。そこに輝くひたすらに真っ直ぐとした輝きに、リオンは妙な嫌気を覚えて毒づいた。


「ダルフに対しては微塵の思い入れも無いって訳ね……いいわ、それで貴方は支配者として大成したつもりでいるのかしら?」

「……ん?」

「早速自分の配下が制御不能になっていた様だけれど……帝王の名が聞いて呆れるわね。自分の手元のペット位ちゃんとしつけておきなさいよ」


 その発言にとうとう騎士達の堪忍袋の緒は切れ、それぞれに剣を抜いてリオンへと歩み寄り始めた。


「言葉が過ぎるぞ、もうこれ以上は騎士として許すわけにはいかん!」

「も〜!!」

「だぁぁあれがペットだこのユダめぇ!! この世の反乱分子がぁあ、今ここで神の名の元に滅却してやるぅう!!」


 反逆者の粛清に取り掛かろうとした騎士達であったが、


「黙れお前達……特にヘルヴィム。次やったらもうお前の武具を仕立ててやらんぞ」

「――ハァッッ!!?」


 メロニアスは彼等を制して背もたれに寄り掛かっていた。

 そして余りにも正直にその感想を述べる。


「ぐぅの音も出んな」


 エールトは正直に非を認めた彼をキラキラした瞳で見詰めながら声を残す。惚れっぽい彼女は彼にぞっこんの様だ。


「メロニアス様……格好良過ぎますぅ」

「メロニアス様。しかしこれでは騎士道的にも余りにも……」

「わぁあーがががはぁあッ!! そうだ猛省もうせいしろメロニアスぅ!」

「お前のせいなのだぞヘルヴィム!」

「――うゃ?!」


 怒声が響き渡った後に、ピーターはリオンの耳元に囁きかける。


「もうよしなさいよ小娘! これじゃ幾つ心臓があっても足りないわ!」

「……言い足りない位よ」


 メロニアスは玉座から立ち上がると、背筋を伸ばして銀翼を開閉しながらリオンに語り掛けた。


「見ての通りヘルヴィムこいつは相当な跳ねっ返りでな。あろう事か俺に仕えてるという意志すらも無いらしく、全く持って制御が効かんのだ」

「そんな奴さっさと除名しなさいよ」

「それが出来んのだ。此奴が神罰代行人というオカルト的な存在なのもあるが、この戦乱の世になっては殊更な」

「どういう事よ?」


 そうしてメロニアスは、神罰代行人に課された非常に重大な使命を語る。


「やがて来たる終夜鴉紋との最終戦争にて、神罰代行人は人類の砦として矢面に立つ。そうした大義がミハイルより課せられているのだ」

「終夜鴉紋に、彼をぶつけるっていうの?」

「腹立たしいが、こいつの強さはお前達も目にしただろう」

 

 確かにヘルヴィムの力は人智を超えていた。そして未知の聖遺物による重装備。鴉紋の真の恐ろしさを垣間見たリオンであったが、あの強烈な悪意に対抗するだけの心火がヘルヴィムには宿っているのは確かだった。


「言うなれば人類の最終兵器、更に言うなれば全ての生命の希望。しゃくに触るが人間国宝の様な男なのだ。例え人格がここまで破綻していようがな」

「……」

「ハレェエエエルヤァァア!! エデンに入り込んだ蛇! 全ての邪悪の根源である魔を断罪する事はぁぁ、我が一族の悲願であるぅううッ!!」

 

 丸い鼻眼鏡を光らせたヘルヴィムが、満面の笑みで胸のロザリオを天に掲げていた。リオンには彼の語ったの一言が分からなかったが、そのまま話しを進める事にした。


「あいつがミハイルのお気に入りだというのは分かったわ。だけどダルフだってそうなのよ」

「……」

「私達がどうしてこの都に訪れたかはもう聞き及んでいるのでしょう? 彼に終夜鴉紋に打倒するだけの剣を打って頂戴。そしたら私達はとっととこの都を去るわ」


 図々しい要求の仕方であったが、その話しに関しては確かに彼等も聞き及んでいた。

 しかしメロニアスは首を捻りながらこう口を開いていくのだった。


「断る」

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