第251話 帝王の血筋


   *


 その無骨な見てくれ通りに、随所に鋼鉄のあしらわれた宮殿は堅牢この上ない要塞の様であった。


「許してもらえるとは微塵も思わないが、礼節として伝えておこう……うちの乱心神父がすまなかった」


 騎士の間と呼ばれていた大広間にリオン達は迎えられていた。ダルフは相変わらず車椅子で項垂れたままで、丸焦げのピーターはリオンの横で焦げた頭髪をクシでかしていた。

 爆砕魔法の直撃を顔面に喰らいながら、今も脇からリオン達を苛烈に睨め付けているあの男は勿論なのだが、あの一悶着の後に何事も無かったかの様にすっくと立ち上がったピーターもピーターである。


「許すと思うの?」

「う〜ん。珍しく今回は小娘に同感よ」


 どういう訳なのか、奇しくもダルフの容姿に瓜二つである玉座に掛けた男――メロニアス・エルヘイドに二人は反感の意志を示した。


「かぁぁあ゛ッ!! メロニアスこのボケがぁあ! こんな異分子共に詫びなど入れる奴があぁるかぁ!!」


 黒焦げの姿のまま今にもこちらに飛び掛かって来そうな様子のヘルヴィムを、黒の狂信者達が引き留めている。ちなみに彼の鼻の上にはスペアの鼻眼鏡が掛けられているが、急ごしらえなのか、縁がショッキングピンクのくそダサいものに替わっていた。


「許されるなどとは思っていない。ただ人の上に立つ者の責務として部下の失態を侘びたまで」


 メロニアスは堂々としてそう語りながら、しかし頭を下げる様子も無い。


「貴方はダルフのなんなのよ?」


 そう囁いたリオンが眺めるは、ダルフと似通った芯の通った正義の煌めき。細部は違うがやはり似通っていて、いよいよリオンはこの天使の子とダルフとの因果関係に考えを巡らせていく。

 耳聡くその声を聞いたメロニアスは、不服そうに語り始めた。


「俺が此奴の何なのかだと? ……その問いに対する答えは、全く持って“何でも無い”だ。俺にとってはただの他人なのだから」


 その解答を受けたリオンは、次の言葉を吐き捨てる様にしながら彼へと歩み寄り出した。


「眼球が無くても、私にも視界があるの」

「……」

「相手の骨格や輪郭、もっと近付けば一つ一つのパーツだって分かるわ。信じられないでしょうけど、心の形さえも視えるわ」

「……ほう」


 頬杖を付いて自分を見下している銀の瞳に向かって、リオンは傲岸不遜ごうがんふそんと啖呵を切る。


「馬鹿にしないで。そこまで似通っていてシラを切る? 大方支配者の威厳とやらでこれまで強引に説き伏せて来たんでしょうけど、私にとって貴方は支配者でも王でも無い」

「……!」


 その余りにも過ぎた態度に、大広間に整列していた騎士達は眉根を寄せてザワつき始めた。


「ちょ、ちょっと何してんのよ小娘〜……」


 ピーターも恐恐と口元に手をやって行末を見守っていた。しかし彼女は顎を上げて続けていく。


「事実を捻じ曲げるだけのその威厳も、貴方の言う通り、私にはの」

「……ふ」


 リオンの発した露骨な嫌味に対し、メロニアス当人は片目を瞑ってささやかに反応を示す程度であったが、王を愚弄された配下達の方が黙ってはいなかった。


「お、おのれ〜貴殿! 先程メロニアス様の施しにあずかっておいて! 騎士として主への侮辱は許す事が出来ぬ! 騎士として!」


 プレートメイルに身を包んだ巨漢、第3国家憲兵隊隊長のガルルエッド・ライオは、やたらと騎士道を主張しながら、長く蓄えた髭とたてがみを揺らしてメイスを地に叩き付ける。

 そこに続くは若い女の声。第2国家憲兵隊隊長エールト・リーエンスは、ひらひらとミニスカートをひるがえしながら、拳を握ってプルプルした。


「そ、そうです、よぉ〜、メロニアス様はとってもとっても素敵な、こーんなに素敵な御仁なのですから〜! バカにしたら駄目なんだから〜!」


 しかし彼女の声は力無くヘロヘロとしていて、叫んでいるのかただ慌てているのかも判然としない。ただし本人は顔を真っ赤にして頬を膨らませている。

 メロニアスは不思議そうにその様子を伺っていたが、険悪なムードに騎士達も荒ぶって鼻息を荒くしている。


「も〜〜っ」

「騎士として許すわけにはいかんぞ!」

「……」


 あわや一触即発という雰囲気の中、一人豪快に笑い出す者がいた。


「わはぁぁーっがががが!! いヒィアがががが!!」


 腹を捩って笑い始めたヘルヴィムに、メロニアスが視線を移す。


家畜ユダに言い包められる国王があるかぁあ! カぁーががが!!」


 涙目になりながら支配者をあざける男に場は戦慄を残すが、笑われているメロニアスは案外何とも無さそうにこう答える。


「その通りだな。一本取られた」

「一本どころじゃねぇだろうが! わぁがががひぃー!!」

「ああ、根こそぎいかれた」

「いっははぁぁあッ!!!」


 完全に場の空気を読めていない……もとい読もうともしていないであろう男に、騎士と黒の狂信者までもが顔を引き攣らせていた。


「ぁ、騎士として……こういう時は、あぁ騎士として俺は〜」


 そう独り言ちたガルルエッド・ライオは、しばし視線を彷徨わせた後、一歩前に出てヘルヴィムを非難し始める。


「ヘルヴィム……さん! あ、主が嘲笑されているというのに、何を笑うのだ! 騎士道に反しておる……おりますよ!」


 冷や汗を垂らしたガルルエッドに目配せをしたエールト・リーエンスは、「え〜いっ」と思い切りをつけながら前に出て行った。


「私達はメロニアス様をお守りする立場にあるのですよ〜っ主がバカにされてるっていうのに、どうして貴方はいつもそうなんですか〜っ」


 途端に眉を八の字にしたヘルヴィムが、自分に食って掛かって来る二名の隊長にメンチを切りながら叫び付けた。


「あああぁーーッッ!!?」

「ひゃぁぁあ怖いですぅ!!」

「ぁ、あうあう……騎士として俺はここは毅然として……あうあう」


 一声で二人を黙らせてしまったヘルヴィムは、額に青筋を立ててガタガタと震え始めた。その様子にガルルエッドとエールトは涙ぐんで顔を左右に振り始める。


「さぁぁっきから主、主ってぇぇ……なぁあに言ってやがるぅ! 俺はこんな小僧に仕えた覚えはねぇんだよぉおぅ!」

「あうぅ……」

「ひぃぃ」


 すっかりと意気消沈してしまった彼等に見せ付ける様にして、ヘルヴィムは首から下げたロザリオを手に取って見せ付けていく。


「我等の主は徹頭徹尾に唯一人!! 偉大なるぅう神ぃい!! その主の為に我等はこの身命を賭すのだぁあ!!」


 その迫力に制圧されてしまった二名の隊長を見やりながら、メロニアスは肩を落として話の本筋を戻していった。


「まぁいい、別段お前達の前で隠し立てする理由も特には無いしな」


 ゆったりと居住まいを正したメロニアスは、銀の瞳で項垂れたままのダルフの脳天を見詰めた。


「ダルフ・ロードシャインは、俺の弟だ。無論あらゆる情報からは抹消されているがな」

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