第250話 唯一のウィークポイント


 力では負ける訳にはいかない、といったピーターの執念の一撃であったが、


「…………」

「…………」


 ――結果はダブルノックアウトという事らしい。

 互いに仰向けとなって顔面から黒煙を上げている。


 深い息を吐いたリオンは、荒れ果てたメインストリートを見やり、ダルフへと視線を戻す。

 倒れた車椅子の先でダルフは横たわっていた。


「ダルフ!」


 彼の元へと駆け付けようとしたリオンであったが、視界の先にあらぬものを認めて固まってしまった。


「くぅぅううァァァ……」


 丸焦げた顔面のヘルヴィムが、口から煙を上げながら頭をボリボリと引っ掻き回している。


「嘘でしょう……こいつ、本当に何なの?」


 ひとしきり髪をかき混ぜたヘルヴィムは、足下に触れた聖十字を拾って辺りを見回す。


「何処だぁ……ロードシャイン家の恥晒しガァア!!」

「マズイ……ダルフが、殺されるっ」


 憎らしげにしたリオンが、両の眼窩に魔力を形成し始める。

 最早リオンに残された手は、魔眼ドグラマによる両の目第三の目――『虚無鬼眼』によって奴を虚無界へと連れ去る事だけであった。


「……くそっ」


 しかし、それを発動すれば多くの民にも被害が及ぶであろう。別段リオンにとっては人間などどうなっても構わないのだが、そうなれば、いよいよケテルの騎士達との徹底抗戦となってしまう。動く事も叶わないダルフを連れた手前、それはどうあっても避けたいのだ。


「フゥゥァァアアア゛ッ!!」

「もうやるしか無いか……ッ」


 ダルフの居る方角へと歩み寄っていったヘルヴィムは、振り上げた聖十字の大槌を振り上げて――


「キエェエエエエイッッ!!」


 ――てんで的外れな場所を叩き割っていた。


「え……?」

「ドオオオコダァア!! 出ぇえて来い腑抜けがぁあ何処に行きやがったぁぁ!!」


 ブンブンと大槌を振り回すヘルヴィムが、側にあった民家の外壁を破壊していく。直ぐ足元に目的の男が寝転がっているというのに。


「そこかァァァッッ!!! 神罰を下すぅううッ!!」

「なんなのよ……」


 周囲の床や壁をやたらめったら破壊しまくるヘルヴィムは、怒り狂いながら絶叫していた。


「何処にイヤガルゥウ!! なぁァンにも見えねぇじゃネェカァァア!!!」


 嵐の様に民家を破壊し始めたヘルヴィムを、リオンはポカンと見詰めて理解する。

 ――彼の鼻の上にあったが無いという事に……


「ど近眼……」

「オォオラァこの腰抜けがァァ! 出て来やがれぇ!!」


 その感情のままに暴れ回るヘルヴィムであったが――


「――――フゥあッ!!」


 突如自らの足下に発生した危険な魔力に気付き、獣の本能でその場を飛び退いていた。

 そしてそこから、炎の槍が突き出して天を突いた。


「次から次へと何が起きてるのよ!?」


 泣き出しそうなリオンを他所に、ヘルヴィムは覚えのあるその攻撃に思い至り、奥歯を噛み締めながら憤激し始める。


「メロニアス!! このクソガキがぁあ!!」

「誰がガキだヘルヴィム!」


 凄まじいオーラと共にそこに現れたのは、白銀の鎧を纏う銀の短髪の男であった。リオンはそれだけを認めてダルフの元へと駆け寄っていく。


「目上の者に向ってクソガキなどと言う奴があるか!」

「カァァアっ黙れ! 俺の使命の邪魔をするんじゃねぇよぉぉ、エエッ!? するんじゃねぇんだよぉぉお!」


 若い銀髪の男は白銀の美しい翼を震わせて怒っている。手元には小振りの槌を持っていたが、直ぐに仕舞ってしまった。


「お前の使命とは、都を破壊して回る事なのか?」


 無残に破壊されたメインストリートを見渡して、メロニアスは溜息をついていた。

 そして天使の子――メロニアス・エルヘイドはキツくヘルヴィムをとがめ始める。


「勝手な真似は控えろと言った筈だぞ!」


 破裂しそうな形相で凄む国家元首、もとい支配者であったが――


「誰に口聞いてんだこのダボがぁあ!! 俺はお前が尻の青い頃から面倒見てんだッ!」


 どういう事なのか、ヘルヴィムにはまるで堪えていない様子であった。


「全く持ってお前は……まぁいい後だ。お前達を宮殿へと案内する」


 そう呼び掛けられたリオンは、ダルフを車椅子へと担ぎ上げながら、天使の子の相貌を見詰め返す様にした。


「――ッ!」

 

 特有の視界がそこにあった心を映し出すと

 ――彼女は直ぐに狼狽ろうばいする事になる。


「一体……次から次に何が起こっているのよ……」


 何故ならリオンの視たメロニアス・エルヘイドのは、この世に二つと無いであろうと思われた、ダルフの清廉せいれんなる煌めきに酷似していたのだから。

 更に眼球の無いリオンは直ぐには気付けなかったが、彼の“容姿”もまたダルフに瓜二つなのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る