第255話 血を分けた赤の他人


   *


 リオン達はその後、メロニアスに連れられて足早に宮殿を後にしていた。

 

「さっさとしろ、ヘルヴィムに勘付かれるだろう」


 護衛も付けずにリオン達を連れ立って歩く銀翼の男は、夕暮れの中で振り返ると、石畳の床に悪戦苦闘するピーターを呆れながら眺め始める。


「車椅子の車輪が上手く回らないのよ……こう床がボコボコとしていると」


 夕刻ともなると、奇妙な事に都には人通りが全くと言っていい程に消え失せていた。

 傷を負った体で車椅子を必死に押しているピーター。そんな彼を手伝うでも無く後ろから眺めたリオンは、先頭を行く天使の子に声を投じていた。


「ねぇ、どうして民が一人も居ないのよ。昼間はあんなにひしめき合っていたのに」

「言っただろう。最近は都の内部にまで魔物が入り込んで来る。故に夕暮れ以降には外出禁止令を出してあるのだ」


 とはいえ時刻はまだ夕食時で、夕陽の落ちる都はまだよいにも差し掛かっていない。数名位は都をうろついていても不思議では無いのだが……


「……律儀なものね」


 これが民から信頼を寄せられる支配者の手腕なのであろうか、彼の定めた取り決めを安易に破る者は一人として居ないらしい。


「おい早くしないか、日が暮れるぞ」


 不機嫌そうにまた振り返ったメロニアスに向かって、ピーターは口先を尖らせて投げキッスをお見舞いする。


「んもう、可愛い顔して人使いが荒いんだから……でもそこが堪んない。ピーターポイント8000点を付与するわ」

「何を訳の分からん事を言っている……あぁもう貸せ!」


 強引に手元から車椅子を奪い取られたピーターは、ビクンとして体をくねらせた。


「あんっ……ピーターポイント1000点追加するわ」

「全く持って面倒だ……次から次へと面倒事が舞い込んで来る」

「イケメンブラザーズ夢の共演ね、尊いわぁ」

「此奴は俺の弟などでは無い!」


 血を分けた実の弟を兄が押していく。しかしてメロニアスは別段気にした風も無く、感慨も無さげに車椅子を押している風に傍からは見えた。


「へぇ……」


 含みを持たせた声が茜色に溶けていった。

 リオンはそんな兄弟を遠目に認めると、用心深くしていた警戒を少し緩めていった。


「ねぇメロニアス。誰も居ない事だし、ここで貴方の気が変わった理由でも話しなさいよ。どうして血相を変えて私達の身を守る事にしたの?」

「駄目だ。今は何よりも早く安全な場所へ。事情は全てそこで話してやる」

「何よ、お堅いわね」

「何とでも言え……ただ俺自身が、殺されると分かっている命をそのまま見過ごすのが許せんというだけの事だ」

「それは大層な事ね。私達もむざむざ殺されてやるつもりなんて無いんだけれど」



 やがて一同は、広大な土地を有した豪邸の門の前に辿り着いていた。


「ねぇメロニアスくん。ここは何処なのよ?」

「くん……」


 間近から顔を覗き込んでくる男にげんなりとしながら、メロニアスはピーターを手で追い払ってから続けていった。


「ああもういい好きに呼べ。……ここは我がエルヘイド家の敷地だ。この所有地へと無断で踏み込む事は何人も叶わん。ここを無断で踏み越えるという事は、この俺に、そして世界に対して正式に喧嘩を吹っ掛けている事と同義だからだ」

「それって、あの狂乱神父にも通用する常識なの?」


 リオンがそう冷たい声音で問い掛けると、メロニアスはストンと表情を落として歩み始めていってしまった。


「は、早くするぞ……ついて来いお前達」

「何よ、頼り無いわね」

「うるさい、目的地はここより中にあるのだ!」

「うふふ、なんだか何処と無くダルフくんに似てるわよね、メロニアスくん」


 豪奢な門の内部から召使いが姿を現すと、彼はダルフの姿を見て酷く動揺を示した。

 しかし主の一声で彼は平静を取り戻し、静々と門を開いて巨大な邸宅へと彼等を案内し始めた。

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