第248話 魔女の逆鱗


 余りの迫力に焼け付く様な感覚さえ覚えながら、リオンは冷や汗を垂らしてヘルヴィムの前に歩み出る。


「私のダルフを、その火傷しそうな目で睨まないでくれるかしら?」


 ヘルヴィムの視線の先を遮る様に立ち塞がったリオンを、ジロリと紫色の虹彩が射抜いていく。


「誰だテメェはクソ女ァアアッ!!」

「本当に彼しか見えていないのね……呆れた親戚だわ」


 肩を怒らせながら、小細工もせず詰め寄って来るヘルヴィムにリオンは告げていく。


「貴方の様な人間がいるのには驚いたけれど、私の前で力は無力よ」


 そして彼女は、右目に魔眼を形成して瞼を押し開いていた。


右の目第二の目傀儡かいらい』」

「――ゥぎ!!」


 リオンの右の魔眼に捉えられた者は、精神を乗っ取られて傀儡くぐつと化す――


「ふふ……」


 身を固めたヘルヴィムを眺めて魔女は笑う。


「……こうなっては形無しね、神罰代行人さん」

「く…………き……!」


 リオンを呆然と眺めたヘルヴィムであったが、白目を真っ赤に充血させながら、今度はガタガタと震え始める。


「な、なに?」

「――ギ、ぎぃ……ギ……!」


 そんな反応を命じた覚えの無いリオンは、不穏な空気に勘付いて魔眼での拘束を強めていく。

 しかしヘルヴィムの口元は次第に噛み締められていき、額に立てた青筋からは血が噴き上げ始めた。


「なん……なのよ貴方ッ!」

「グギ……ィ、イイイイ――カァアッ!!」


 ヘルヴィムが全身を力ませながら腰を落としたのと同時に、リオンは短い悲鳴を上げていた。


「キャァ――!」

「なんだぁあ……イィマ俺に何をしやがったこのユダが!! アーッッ!?」


 ひび割れた右目を抑えてリオンは驚愕するしか無かった。強過ぎる自我によって精神操作を跳ね返されたのだ。

 こんな芸当をやってのけたのは、彼女が知り得る限りでは一人しか存在しなかった。

 ――終夜鴉紋。彼と同じか、それ以上の自我をこの男は持っているという事らしい。


「鬱陶しいわね……っ」


 息を荒げたリオンは、目を白黒とさせるのを止めて次の手を打つ事に思考を切り替える。


「イバラぁぁあ――ッ!」

「んッ……!」


 ヘルヴィムが螺旋状に繰り出して来たイバラをリオンは氷漬けにして止めた。

 すると彼は勢い良くスータンの前を開き、その内部にこれでもかという位に仕込んでいた銀の釘を露わにする。


聖釘せいてい――!!」


 ヘルヴィムがその内の三本の釘を手に投擲する。


「こんなのが何よっ」


 リオンの作り上げた肉厚の氷塊の盾に釘は止まる。

 だが彼の取り出したそれは、ただの釘などでは無かった。


「――えっ」


 一度制止した筈の聖なる釘は、カタカタと震えてまた動き出した――

 そして遂には氷塊を貫いて、リオンの肩と腕と足を貫いていった。


「ク――っ?!」


 小さき釘が故に致命傷には到らなかったが、リオンは訳が分からずに傷口を抑えるだけだ。

 満面の笑みを浮かべながら、ヘルヴィムは嘆き始める。


「貴重なる聖釘を三本も使ってしまったぁぁ……亡者の穢れた血に触れ、聖なる力を陰らせてしまったぁぁ……ジィィイザスゥゥ」

「…………っ」

「あぁ〜〜?」

「……あまり私を舐めないで貰えるかしら?」


 ――だが彼は、今の一撃で眠れる魔女を怒らせてしまった。

 怒涛の青き冷気に包まれたリオンが掌を上空へと向ける。


「『氷剣ひけん』――」


 ピキピキと音を立てながら氷結は形成されていく――


「ああ!?」


 気付いた頃にな巨大な影を落としていた頭上の氷塊――戦艦の様に莫大なサイズの氷の剣を認め、ヘルヴィムは鼻筋にシワを寄せた。

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