第247話 狂怒神罰(ディヴァイン・パニッシュメント)


 豹変してしまった聖人の姿、大気を震わせるその気迫に、民はもみくちゃになって逃走を始めた。


「え、ちょちょっとどういう事なのよ! 私達には手出しできない筈でしょう!?」

「聞いてた話しと違うじゃない、大した親戚だわ! 逃げるわよピーター!」

「え!?」

「戦うのは無理よ、コイツ化物だわ!」


 ヘルヴィムは額にビキビキと血管を浮き立たせながら、神聖なる空気を孕んだ聖遺物の十字架を天に突き出す。


「ホォザンナァァァァァァァァア!!!」


 天に噛み付く様に解き放たれた祈り。

 ブチ切れたまま、獣の如く荒い吐息を繰り返す男が踏み出して来る。


「な、なによアイツ! ホザンナってあんな祈り方があるもんですかっ!」


 リオンとピーターもダルフを連れて逃走を図る。

 しかし――――


「何よこいつ等!」


 ヘルヴィムと同じスータンを纏った殉教者達がピーターの行く手を阻んでいた。そしてギラギラとした目を光らせながら、胸のロザリオを額に当てた。


「ちょっと待ちなさいよあんた達! ミハイル様からの伝令を聞いているでしょう!?」


 ピーターの訴えに対し、ヘルヴィムと同じ鼻眼鏡アイグラシズを掛けた若い男が答える。


「我等は“黒き狂信者”! ミハイルの意志などで無く、神罰代行人の使命の為だけにこの命を燃やす!」

「あぁもう駄目だイかれてるっ!」


 行く手を阻まれた二人は、空から迫り来る殺意の影に気付いて振り向いた。


「『狂怒ディヴァイン・神罰パニッシュメント』ぉおおオオオゥギァ――――ッ!!」


 中空から振り下ろされて来た十字架の槌を二人は飛び退いてかわす。


「断罪ィィイイィィギィアッ!!」


 その衝撃で大地はひび割れて大きく陥没していた。


「うぅアッ滅茶苦茶じゃないの!」

「ピーター、ダルフは!」


 風圧でダルフに掛けていた布が飛んでいくが、彼に外傷は無い様子だ。二人は共にメインストリートの先へと駆けていく。

 するとそこで人々の悲鳴を押し退けて、とてつもない怒声が土煙を切り裂いて来た。


「――逃げルナァァアアアアッッ!!!」


 ヘルヴィムの腕に巻き付いていたイバラが、ゴムの様に伸縮してピーターの足を捉える。


「うわぁあ何よなんなのよッ!」

「ピーター!」


 そのままイバラを振り上げたヘルヴィムは、二メートルにもなる巨躯の男を高所に振り上げてから地面に叩き付けていた。


「うぼぉ――ッ!」


 吐血したピーター。そしてリオンの行く手にはまた黒の殉教者達が立ちはだかった。


「クソッ!」


 未だ項垂れたままのダルフを側に置き、リオンはヘルヴィムに対峙する。


「人間なの貴方……?」


 土煙の中で輝いている丸いレンズに向けて、リオンは忌々しそうに吐き捨てる。

 彼女の視界の先では、苛烈そのものといった業火の心が煮え滾っていた。ミハイルとも終夜鴉紋とも違う、また別のおぞましさを解き放つ男にリオンは尻込みしていく。


 しかしヘルヴィムは、リオンにはてんで興味が無いといった様子で、その猛烈な瞳を車椅子に座る男へと注いでいった。


「ロードシャイン家の面汚しめぇ……天使の子を殺し、秩序を乱したこのクズがぁッ!」

「余所見している余裕があるのかしら――ッ」


 青き発光に髪を舞い上げたリオンの氷塊がヘルヴィムへと迫る――


「ジャマだぁあ――――ッ!!」


 だが白き聖十字の槌が、横薙ぎに氷を粉砕して民家に叩き付けていた。


「そんな簡単に振り払わないでよ、ツレないわね……!」


 未だ炎の様に怒っている神罰代行人は、歯軋りを立てて虚ろな瞳を落とすダルフへと怒気を放つ。


「分家とはいえ一族の恥はぁ、こぉの俺がそそが無くてはナラン!!」


 瞳を輝かせたヘルヴィムが、足元に転がったピーターにつまずいてキレる。


「んんぅッなぁンダこいつァァ!? 邪魔じゃねぇかドケェエエエッ!!」


 自分でそこに叩き付けた事すらも忘れた様子のヘルヴィムは、ピーターをリオンの方へと蹴り飛ばす。

 そして力まれた頬に筋を立てながら激昂する。


「ミハイルが赦してもこのオレが赦さンッ!! ロチアートユダに肩入れするこの馬鹿ガァあ!!」

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