第238話 負けられぬ理由があるのが、お前だけだと思うなよ
“«et lux perpetua»”
(絶えざる光で)
「――――イギャァァァアアアアアアイィイアア!!!」
耐えられぬ痛みに天使の子は悲鳴を上げて転げ回る。
荒い息を吐いた鴉紋は、震える拳を確かめながら歩み始めた。
“«et lux perpetua»”
(絶えざる光で)
絶句する奏者達。しかし楽想は途切れずに奏でられる。
「直せよ、かかってこい」
「――――ッ! ……ぐ、おの……れぇ!!」
ギルリートの頭上に座り込み、彼を見下ろす高圧的な視線。下等生物に見下される屈辱に、ギルリートは赤面したまま腕を修整して鴉紋に蹴りを放っていた――
«“luceat eis.”»
(照らしてください)
「ゥゥウウアぎゃァ――ッ!!!?」
「腑抜けてんのか?」
その蹴りに、より強烈な蹴りを合わせられると、ギルリートの膝があらぬ方向に曲がった。
「こぉ……っ! おんのれぇええあッ!」
即座に修整を施した足。
だが彼の砕けた足は治癒している訳では無く形を整えたに過ぎない。地に足を着いただけで、脳天まで痺れ上がる程の痛みが走って悶絶する。
「ぐ――ぬぅアッッ!!」
それでもギルリートは砕けた足で高く飛び上がると、六枚の暗黒で急転直下の拳を振り下ろす。
“et lux perpetua luceat eis.”
(絶えざる光で、照らしてください。)
「シィ――――ッ!」
「ぉぐう――――ッ?!」
握り締めた拳を叩き付けるよりも先に、カウンターの蹴りを横腹にくらっていたギルリートは、力無く首を投げながら炎に沈んでいく。
そして赤黒い天に黒の異形が佇んだ。
「うっ……」
だがすぐに鴉紋の逆立った頭髪と十二枚の翼が消えていく。白目を剥き掛けてよろめき、項垂れて炎の中にへたり込んでいった。彼の体もまた限界をとうに越えているのだ。
「やった! 勝ったんだ、鴉紋が勝った!!」
涙目で走り寄って来るセイルを、鴉紋は項垂れたまま静止する。
「え……どうしたの? すぐに治療しなきゃ……っ」
真っ白になって生気の抜けた男は、傷付いた掌をセイルに向けていた。彼の所作に、セイルは何か得も言えぬ不穏が立ち込め始めている事にだけ気付く。
「…………」
そして、訳の分からぬでいる彼女の耳に――断続的な冷笑が聞こえてきて理解する。
「……フ、フ…………クク……ク」
「鴉紋! ギルリートがまだ――――ッ」
楽想は繰り返し始める。何処までも壮大になっていく偉大なる大作のラストを惜しむようにして。
何度も何度も何度も何度も――――
«Cum Sanctis tuis in aeternum,»
(聖者たちとともに永遠に)
潰れた内蔵までもは修復出来ずに、おびただしい量の吐血をしたギルリートは、炎の中で掌を天にかざした。
“Cum Sanctis tuis in aeternum,”
(聖者たちとともに永遠に)
「油断した……な」
――その瞬間に、ギルリートがホールの天上で待機させていた破壊の天使達が、鴉紋へと捨て身の特攻を開始していた。
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