第237話 Communio【聖体拝領唱】

【14.Communio】

(聖体拝領唱)


“Lux aeterna luceat eis, Domine:”

(主よ、彼等を永遠の光で照らしてください。)


 類稀なるフォルナの美声は、芯があって重厚であるのに、何処か軽やかに滑り出した。

 彼女のドレスに火が灯る。それでも彼女は焦る事もせず、持ち得る全ての技能を発揮して歌声を響かせ続けた。


“Cum Sanctis tuis in aeternum, quia pius es.”

(聖者たちとともに永遠に、貴方は慈悲深くあられるのですから。)


 全ては主君の勝利の為。より高尚なる楽想が、王の力になるが故。

 炎に燃えていく足に膝を着き、カルクスは血眼になってヴァイオリンの弦を力強く弾く。

 声楽家達が尊大なハーモニーを作り出す。


«“Lux aeterna luceat eis, Domine:”»

(主よ、彼等を永遠の光で照らしてください。)


 焼けていく全身に声も無く悶えながら、カルクスがピアノの鍵盤を叩く。

 ウェービーは体をくの字に曲げながら、手に持ったタクトだけを振り上げて動かし続けていた。

 残された奏者は熱波に巻かれながら、足下に転がった仲間たちを捨て置いて弾き続ける。


«“Cum Sanctis tuis in aeternum, quia pius es.”»

(聖者たちとともに永遠に、貴方は慈悲深くあられるのですから。)


「果てろ鴉紋、悪逆の魔よッ!!」


 ギルリートの闇が勢いを増して張り上がる。炎を押し退ける闇が空に爆発する!


「フッハハハハハ――!!」

「…………っ」


 押し潰されていく鴉紋。

 拳を突き合わせ、肉薄する互いの視線が混じり合った時――――


「な…………っ」


 ギルリートは――――

 地獄の底から迫り上がって来るを目撃する。


「――――っ!?」

「よくも痛め付けてくれたな……」


 接触する程の間近まで踏み込んで来た鴉紋の眼光が、ギルリートを覗く。


「俺の大切なロチアート人間をッ!!」

「ぅあ…………っ」

「グザファンの末裔をッ!!」


 ロチアートが虐げられて来た遥かなる時を超え、それは今!! 

 永劫の檻を抜け出して声を上げる!!


「オオオオオオアアアアアアアアガァアアアア――――――ッッッ!!!!」

「ナニ――――ッが?!」


 溜め込んで来た茫漠たる怒りが解き放たれる――

 叛逆の翼の背後には、空の果てまでも埋め尽くす程に、命尽きて来たロチアートや獣達の幻影が映り込んでいた。


「な、なんだ……コイツ等は――っ!」


 轟音。大地が共鳴しているかの如き凄まじき轟音が、鴉紋の背の十二枚の希望から噴き出していく!



    «Requiem aeternam»

     (永遠の安息を)



 同じくして地鳴りの様に低く垂れ込め始めた楽想。

 強引に頭上の打撃を押し返し始めた鴉紋の瞳で、灼熱の炎が、何処までも深い闇黒が滾る――!!


「俺の役目……オレの役割ッそんなモンはとっくに見えてんだッッ!!」

「ぐぅ…………が……ッ!」


 ここに到るまでに繋がれて来た命のバトン。

 鴉紋は彼女に声を届ける。

 二度と揺るがぬ決意の声を!


「もう迷わねぇ……もうッ二度と揺るがねぇッ!」


“dona eis,”

(彼らに与え、)


 命尽き果てながらに鎮魂歌レクイエムは続けられる。

 共に再現し、交互に、そして入り乱れながら。美しく、そしておどろおどろしくもある混声四部の四重唱を――


«Requiem aeternam»

(永遠の安息を)

“dona eis,Domine, ”

(主よ、彼らに与え、)

“dona eis,”

(彼らに与え、)


 鴉紋は左足の膝を着き、だが右足を地にめり込む程に踏ん張りながら、ギルリートの拳を下から突き上げていく。


「何処から……ッこの、下等生物共ッ!!」

「ォオアゥウガァラアアアアアアアァァァ――――ッッッ!!!」


«Requiem aeternam»

(永遠の安息を)

“dona eis,”

(彼らに与え、)

“dona eis,”

(彼らに与え、)


 爆裂的な闇のぶつかり合い。暗黒の最中で拳を押し返されたギルリートは、困惑してりきを全開に上げる。


「ほざけ……負けられぬ理由があるのが貴様だけだとッ――思い上がるナァッ!!」


 暴力的な暗黒で鴉紋を沈めていくギルリート。


「――――ぅ!!」


 ――だが彼は、闇の隙間で赤く滾る眼光に竦む。


«Requiem aeternam»

(永遠の安息を)

“dona eis,”

(彼らに与え、)







 耳元で囁かれた冷たい悪の声音、そこに籠もる果てしの無い冷酷さにギルリートの背筋が冷える。


 そして十二枚の悪逆が、数多の幻影の手に推し進められるのをギルリートは見た――――


“dona eis,”

(彼らに与え、)

“dona eis,”

(彼らに与え、)


「その役割の為に! 俺はもう如何なる手段もいとわネェッ!!!」


 翼に身を推し進める憤激した鴉紋の拳が――――


「――あぐぅア――――ッ?!」


 ギルリートの拳を破壊して、前腕の骨を弾け飛ばしていた――!

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