第239話 おぞましい魔に向ける羨望


 天空に連なり始めた光の大蛇の様相に、セイルは直ぐに思い至って魔力を練り上げた。


「いけないッ! 『黒炎こくえん』ッ!!」


 そして黒き炎の大玉を解き放つ。


「――数が……余りにも!」


 その一撃に数え切れない程の魔人が滅するが、列を成した巨大な光の一筋は、怒涛の嵐となって鴉紋の頭上に雪崩込んでいった。


“Cum Sanctis tuis in aeternum,”

(聖者たちとともに永遠に)

«Cum Sanctis tuis in aeternum,»

(聖者たちとともに永遠に)


「クフ……っアハハ……!」

「鴉紋っ!!」


 繰り返されるフレーズ。追うようにして紡がれ続けるフーガが、粛々と荘厳なるハーモニーを生み出していく。


“Cum Sanctis tuis in aeternum,”

(聖者たちとともに永遠に)

«Cum Sanctis tuis in aeternum,»

(聖者たちとともに永遠に)


 空を舞う双頭の魔人は、その身を顧みずに地に突撃して高い土煙を上げ続けた。


「鴉紋――! 返事をして鴉紋ッ」


 山の様に積み上がっていく肉弾の残骸、形を残した異形。未だ止まぬ光の道筋にセイルは絶叫する。


«Cum Sanctis tuis in aeternum,»

(聖者たちとともに永遠に)

“Cum Sanctis tuis in aeternum,”

(聖者たちとともに永遠に)


 激しく捲し立てられていく合唱に合わせ、光のミサイルは奇声を上げて散り続ける。

 炎から這い出して来たギルリートは、みるみると積み上がっていく天使達の光景に、恍惚と赤黒い天を仰いで囁く。


「et lux perpetua luceat eis.(絶えざる光で照らし出せ。)」


“Cum Sanctis tuis in aeternum,”

(聖者たちとともに永遠に)

«Cum Sanctis tuis in aeternum,»

(聖者たちとともに永遠に)


 余韻に浸ったギルリートが、闇夜に昇る光の柱を仰いでいると――

 ――くぐもった。それでいて憤怒に塗れた声が、一つ落ちていた。



「『黒雷こくらい』――――!!」



 ――その瞬間に、空で大口を開いた天輪の中の地獄から、極大の黒き稲光が墜落していた。


「――――ッ!!」

「キャァァアっ」


 光の柱が一挙に闇に呑み込まれた光景の後、明滅する閃光に視界を奪われ、爆裂音と衝撃波がホールの壁を吹き飛ばす。

 その場に居合わせた全ての者は、抗う事も叶わずに紫電に玩ばれる。

 セイルは反魔法アンチマジック邪滅の炎レペル・ブレイズのおかげで何とか持ち堪えたが、ギルリート・ヴァルフレアもまた、伏せて防御に徹した為にその原型を留めていた。


 だが彼は思わぬものを見上げる事になる。


「ぉ……――――っ」


 そしてギルリートは思わず、感嘆の声を上げているのだった。

 見上げた先にあった、美しく、強烈なに魅せられて――――


「ああ……!」


 一度に光を殲滅し、空から降りしきる黒き魔石に照り輝きながら――黒焦げた全身で髪を逆立て、獣の歯牙を剥く、赤い目を灯した黒の化物に。

 自らに欠け、ついぞ補填出来なかったモノを遺憾無く振り撒くその魔王に――


 ――――


 ――ギルリートはその圧倒的たる“個”に魅了されて瞳を輝かせていた。


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