第232話 万軍引き裂く幻夢と気骨
「外道魔法第弍の門……『
中空で無数の瞼が開き、赤黒い天が捻れて渦を巻く。そしてそこから垂れた一筋の暗黒が……ぶくぶくと膨れ上がって巨大な門を形成した。
「「はぎィィあ――――ッ!!」」
固く閉ざされた門の向こうから、幽閉された何者かが門を叩き始めた。
そこから迸り始めた余りにも陰惨な気配に、魔人達は統率を乱して空を飛び荒れていった。
ニヘラと笑ったシクスは、舌を突き出して涎を垂らす。そして悪意に満ちた瞳は弓なりになって上転した。
「開門……その鎖を解き放ち、狂った世界を蹂躪しろ――ジャクラ」
“«Dominus, Deus Sabaoth»”
(万軍の神よ、主よ)
その場に居る全ての生命体に負の印象を刻み込みながら、ジャクラと呼ばれた巨大な鬼がその門を這い出して来る。
「――――ぉ……ぉぉ……ぉおお――」
巨大な掌が門を掴み、繋がれた鎖を引き千切る。そして顕現せしは、長き髪を垂らした悍ましい鬼。淀んだオーラが周囲を満たし始める。
「ぃぃいひひひひぃぃいいいいいぃ――っ!!!」
奇怪な声を上げた鬼は、埋もれる程の長髪から様々なサイズの蒼白い顔を出して、恐ろしい顔で笑った。そしてその痩躯から伸びる長き腕と足、血みどろの全身、棘のような牙、長き二本角。
どうやら女であるらしい醜悪の巨人は、白目を剥いて激しくと震え、その髪を振り乱す。そして長き腕を振り回して周囲の家々の屋根を砕き、踏み込んだ足で大地を割る。
明らかに異様である鬼に、そして彼女から立ち上る人外なる未知の妖気に、感情の薄弱な魔人達もが恐怖を覚え始めていた。
――異様な事に、恐怖に包まれた場に鳴るは、神に捧げているかの様に美しく厳格なるメロディ。
«“Pleni sunt caeli et terra gloria tua”»
(天地は貴方の栄光に満ちている。)
対象の知覚に影響を及ぼすシクスの『
「
悠々と歩み出してきたシクスが、手元のダガーをクルリと回して破顔する。
「お前らが言ったんだぜ……俺が人でもロチアートでも無い、鬼畜の外道だって――ッ!!」
その赤く光った眼光は、彼の憎んだこの世界そのものに向いていた。
――そして幻夢の悪魔が覚醒を果たす!
ジャクラが奇声を挙げて空に舞う羽虫を握り潰し始めると、都に響いた鎮魂歌は転調する。
«Hosanna, in excelsis.»
(いと高きところにホザンナ。)
空に舞う魔人をシクスが狩り始めた。しかし膨れ上がった光の数は膨大で、地平に並ぶ天使は横並びになったファランクスへと迫り来ていた。
闇の鎧を纏った重装歩兵の背後に守られたクレイスが、萎みかけた筋肉を膨れ上がらせ始めていた。
«Hosanna, in excelsis.»
(いと高きところにホザンナ。)
そして血塗れの男は、ビキビキと全身の骨と筋肉を軋ませながら半死半生の体で歩み出す。
「かつて奴隷の解放の為に、大国相手に戦争を仕掛けたグラディエーターがいた」
“Hosanna, in excelsis.”
(いと高きところにホザンナ。)
赤き眼光灯して進む男の道筋に、夥しい血溜まりが尾を引いている。
「偉大なるその男は、奴隷を率いて幾度も敵を討ち破り、勝利を収めた」
“Hosanna, in excelsis.”
(いと高きところにホザンナ。)
「勇名轟かせた奴隷の騎士は、最後の時まで闘い続けた……仲間達の自由の為に」
仲間の静止も聞かず、クレイスは彼らを越えて歩みだしていく。その手に血で創造した赤の槍を握り込みながら。
«Hosanna, in excelsis.»
(いと高きところにホザンナ。)
「戦火の渦中に留まり、足を槍で貫かれても、盾を掲げて前のめりになって闘い続けた……!」
彼の槍は振り上げられる度にサイズを大きくしていく。仲間達の思いを掬い上げ、それは等身を越えても尚パンプアップを続ける、極大なサイズの思いの結晶体となる。
“Hosanna, in excelsis.”
(いと高きところにホザンナ。)
次第に悪魔の様な面相になっていくクレイスに、グラディエーター達が彼の胸に滾る情熱を知る。
「奇しくも同じ心情である、その有志の様に」
そして彼は叫んだ――――
「『スパルタクス』!!」
舞い上がった血液が纏い、彼の身に赤き鎧が装着される。
「確かに受け取ったぞ……お前達の熱き魂の波動をッ!」
飛び上がったクレイスの手で、巨大な朱槍が赤黒い陽光に瞬く。
«“Hosanna, in excelsis.”»
(いと高きところにホザンナ。)
「『反骨の槍』――大薙ぎィィッッ!!」
極大の槍を薙ぎ払い、その豪腕は光の群れを一掃する。そして地に降り落ちると同時に、クレイスは槍の矛先を地に深く刺し込んでいた。
「『
周囲に衝撃波を打ち出すほどの一撃で、大地は激しく揺れて地割れを起こし、深い谷底に光を呑み込んだ。
「うぬぅぅうぁぁあああアアアア――――ッッ!!」
仲間の思いに共鳴を果たし、そこに気骨の悪魔が雄叫びを上げる。
「ぁぁあもんさまァァァぁああ゛――――ッッ!!!」
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