第231話 Sanctus【聖なるかな】

 *


 鴉紋達の居るホールより手前、シクスとクレイス、グラディエーター達の張る前線では、周囲一面が光の魔人によって包囲されていた。

 空には隙間の無い程の光が飛び交い、地は一面が蠢いている。

 彼等は万の兵に押しやらせ、360度逃げ場の無い絶望的状況で背を突き合わせていた。


「く……ハァ……! ぁあ、ぬぅう」


 殊更に先の死闘の尾を引いているクレイスの疲弊は凄まじく、肩を大きく上下させながら気力で持ち堪えているといった具合である。

 既に満身創痍となった彼等が数は精々が100程度。しかし数百倍の敵を前に、不思議と士気を下げている者は居なかった。


 空に開いた天輪から、赤黒い陽射しと共に王の声が響き始めたその時から――


「おいヘバッてんのかぁ筋肉ダルマ! 兄貴が見てるぞ!!」

「……ハァ…………ぅう」


 シクスの声に返答もせずに粗い吐息を繰り返す大男。


「く……ぬぅうッ」


 ぎこちなく首を振り、喰い縛った歯牙の隙間から血のあぶくを吹きながら、クレイスは膝に手を着いた。


「煽るシクスくんもシクスくんっすよ。普通なら三回ほど死んでる位のダメージなんすよ?」


 二本の長剣を両手に構えたポックは、眉根を下げて困惑している。


「さっさと立てや筋肉ダルマ! 休んでんじゃねぇぞコラァ!」

「だまれぇシクスっ!! 今……立つところだろうガぁ!!」


 ぶるぶると震える膝を叩き付け、クレイスは力み過ぎて血管だらけになった顔で立ち上がって見せた。


「グラディエーターの誇りに掛けて、こんな所でくたばってちゃあ仲間に顔向け出来ねぇッ!」

「ヒヒャハハハハっいいじゃあねぇか! さぁ〜て、それじゃあ殺戮の皆殺しパーティといこうぜぇ」

「良いだろう……望む所だァッ」


 とはいえシクスも体中から血を吹き出し、腕を抑えながら閉じかけた片目を震わせている。

 やたらめったらな大口を叩き始めた二人に、ポックはもっともらしい意見を口挟む。


「正気っすか二人共……空も大地も魔人だらけっすよ?」


 シクスが眼帯の隙間から赤き瞳を露わにしてポックをがなり立てる。


「おいポック、なに泣き言言ってやがる、チビってんのかぁ!? あぁ〜ッ!?」

「ええ、ええチビってますとも、ビビってもいますとも。根性でどうにかなる状況じゃないって思わないんすかー?」


 垂れた瞳で腰に手をあてたポックであったが、案外と呑気そうに語っている。


「いっヒャヒャ!」

「……?」

「まさかポック。テメェ感じねぇのか〜? 一人兄貴にハブられてんじゃねぇのかぁーオイ!」

「……」


 俯いて影になったシクスの赤の眼光が闇に灯る。そして彼の体から、邪悪な妖気が立ち上り始めた。


「俺は感じるぜぇ……百倍でも千倍でも万倍でも、このクソカス共を正面切ってブッ潰せる様な力を……このグロい空からの光と兄貴の声をッ」


 ポックが溜息をついて下を向いていると、血眼になったクレイスがけたたましい声で叫び始めた。


「ポック! 根性でどうにかならねぇ事なんて、この世に一つもねぇだろうがッ! グラディエーターの気骨を忘れたかッ!」


 憤怒したクレイスも眩い発光を瞳から解き放ち始めている。


「はぁ、全くあんたらと来たら……」


 ――そしてポックもまた、赤く光る双眸を上げて微かに微笑んでいた。


「面倒くさいっすねぇ……っ!」


 周囲で咆哮したグラディエーター達も赤の発光を解き放って赤黒い天からの祝福を示した。

 そして彼等は一丸となって、光の大軍へとロチアートの視線を送る。

 醜き化物達の奇声に取り囲まれ、周囲の発光体を押し退けていく赤黒い闇の中に、無数の赤き苛烈な視線が灯る。


「「ゴギィィイイヒィアッ!!」」


 空に羽ばたく光の魔人が、意志を伝心させて一斉に手元に光弾を練り上げて放った。

 目を覆う白き輝きの接近に、クレイスは前に出て盾を形成しようと右手を振り上げる。


「反骨のた――――」

「待てよクレイス!」

「ん――?」

「お前は休んでいろ」

「お前達……」

「その力は、来たるべき時に解き放て」


 クレイスは、自らの肩に手を置いた仲間達に目を瞬く。


「我々グラディエーターはではなく、で強くあらん」


 グラディエーターの周囲を取り巻き始めた濃厚な暗黒が、彼等の身を守る防具へと、丸形の盾と槍へと形状を変えて手元に現れる。

 そして即座にポックを中心にした密集陣形を整えると、全方位に盾を構えた防御の陣を構える。


「『密集方陣ファランクス』――――!!」


 降り注いだ全方位からの光弾の雨が、地を抉って衝撃を放つ。

 ――そして陥没した大地に残るは、半円形に展開された闇のドーム。


「放て!!」


 そうポックが号令を出すと、盾の僅かな隙間から黒き槍が投擲されて空の異形達を貫いた。

 押し込められた盾の内部から、シクスの邪悪な笑みが耳を突く。


「ふっひひひ……ィィヒヒヒヒ……!」


 荘厳なる男女のコーラスが、都を包み込む。


【11.Sanctus】

(聖なるかな)


      «“Sanctus”»

     (聖なるかな)


「空の奴ら、任せるっすシクスくん」

「……あぁ」


      «“Sanctus”»

     (聖なるかな)


 盾の隙間から立ち上り始めた妖気に、魔人達は恐れおののき始めた。

 そしてシクスは眼前で掌を合わせて唱える。


「今夢の住人は理を超え、常世を跋扈ばっこする――」


 髪を逆立て、鬼気迫る形相になったシクスの赤き眼光が拡散する。


      «“Sanctus”»

     (聖なるかな)


「外道魔法第弍の門……『鬼畜門きちくもん』」

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