第218話 私立セフト高校学園祭名物 男女混合水着コンテスト(part5)


 多数の死者を生み出してしまった過激極まる今年の男女混合水着コンテスト。実況席に座るトッタが過呼吸気味に状況を整理していく。


『なんという事でしょう……ッ今年度の男女混合水着コンテストは神話になるでしょう……! しかし、その過激さ故に今や審査員席に座る先生達はたったの三名! 進行すら危ぶまれるこの状況で、我々は最後のグランプリまで辿り着くことは出来るのでしょうか……!』


 そして次の出場者を確認したトッタは、その名に愕然として膝を着いてしまった。


『このトッタ……実況生命を掛けて、ラスト二名のエントリーに応じなければならない様です』


 異様な雰囲気を放ち始めた彼に、生徒達は息を呑む。


『だがやってやります! この命を賭けて最後のグランプリを決めるまで! 例えここで私が死んだとしても!』


 艶っぽい笑みを作ったミハイルが、次のエントリー者の名を聞いた途端に、その表情を変えた――


『エントリーNo.41ナイトメア高校番長! その名を知らぬ者は居ない! 稀代の大悪党!!』


 真顔になったミハイルが席を立ってステージを凝視する。そして現れたフンドシ一丁の漢に、彼は口元からヨダレを垂らすのを止められなくなった。


『終夜ぁぁあ鴉紋んんんッ!!』


「やるしかねぇ。ダルフに負ける訳にいかねぇから……! やるからには全力でぇ……!! うおおおおァァァ!!!」


 ここに来てのシンプルイズベストなスタイル。男らしく裸一貫の彼に、会場は暴風が吹き荒れた様な熱狂に包まれた。


「兄貴ぃいいいスゲェエイカスぞおおお!!!」

「鴉紋さまァァァあギャぁぁぉあ!!!」


 シクスとクレイスが全力の声を張り上げると、会場にひしめく筋肉軍団が全力の鼓舞を始める。


「「鴉紋様ァァァァあ!! 世界一ィィいい!! 漢の中のぉおおお漢節ィィアイ!!!」」


 地ならし止まぬ会場。やがて彼の漢らしい風格に、会場に居合わせたセフト高校の生徒までもが尊敬と畏敬の念を抱き始め、筋肉達と一緒に手を打っていた。


「うぉおごぁあ!! 大興奮! ピーターどストライックボハァァア!!」


 腕を組み、こちらに睨みを利かせながら仁王立ちする彼の姿に、ピーターはハートを撃ち抜かれて悶絶する。


「シンプルイズラブリー、ワイルド……オ・ト・コ……あんッ!」


 彼から迸る邪悪な力強さに、会場中のがかき乱されて心を揺さぶられる。

 忘れ掛けていた硬派な漢の勇ましさに、全ての者は心を奪われていく。

 

「もう耐えられない……ミハイル様、後の事は任せ…………えっ!」


 鼻血を垂らしたピーターがミハイルを窺うと、両の鼻腔から猛烈に血液を噴射する彼を目撃する。


「うそ……ミハイル様がこんな事になるなんて、初めて見たわ……!」


 ミハイルは鴉紋に釘付けになって目を血走らせたまま、その口元を動かし始めた。


「すごい、すごいよ鴉紋……そんなにスゴいと……欲しく、なってしまうじゃぁないかぁ……」

「末恐ろしい子……ミハイル様にここまで言わせるだなんて……!」


『おおおっと!! 会場が、会場のボルテージが凄まじい事になっていくぞ!!』


 狂喜乱舞の会場で、一人につき一般人十人分程の声量で筋肉団員が叫んで喚く! そして漢節を歌う声で辺りは満たされた。


『会場のボルテージガァあ最高潮だぁぁあ!!!』


 その漢節に応える様に、鴉紋は力こぶを作ってポーズを作る。

 筋肉が人力筋肉やぐらを作って旗を振る。

 筋肉が人力筋肉神輿を作って、その上に立ったシクスが絶叫する。

 恐ろしく、たが力強くて妖艶な雰囲気。血と汗の臭気が会場の熱を何処までも上げていく。

 セイルは筋肉やぐらの上で恍惚と彼を見つめて声を漏らす。


「あぁっ……鴉紋。素敵だよぉ。大好きだよぉ」


『あはぁあ!! 原始的だが、否それ故にこの心に訴えかけて来る! 強き男! 漢! そんな野生に惹かれるのは! 我等が人類の本能なのだ! 忘れかけていた、野生の感情なのだぁあ!!!』


 ミハイルと共に立ち上がったピーターが、顔をガタガタと痙攣させ始める。


「うピィいい!! 漢、男臭い……お、お漢……もう、私おかしくなっちゃいそうよミハイル様!」

「ああ、この本能の前で、まともである事の何とつまらない事か……今こそ我々は野生に還るべきなのかもしれない!」

「そうよね、じゃあいってきまーーアーバららラララッ!!」

 

 瞳を上転させながら、舌をペロンペロンと振り回し始めたピーターをミハイルは止める。


「待てピーターくん。狂うのは……次の参加者を見てからでも遅く無い」

「らら……ぁ、つ、次? この会場の盛り上がりを見て、まだ彼を越える参加者が現れるとでも?」

「ああそうさ……だから僕も狂わずにこうして耐え忍んでいるんだからね」

「……!」

「匂うだろ? 彼と似た、しかしまた別の漢の香りが……!」


 筋肉祭りの最中において、得点が集計されていく。


【192】


『な――――!!』


 そして歴代最高得点を更に上回る神の数値に皆が驚愕した。


『でだぁあ!! 決まりだぁ!! 今年の優勝……いや、今後のコンテストに置いても、彼を越える人材などもういる筈がないッ!!』


 そして客席の生徒のほとんどが、暴力的な波動に巻かれた影響で力尽きて地に倒れ伏す。


『決まりだ……決まり、これではもう会場のボルテージも上がらないでしょう!』


 だがその声に応える者は居ない。それはほとんどの者がもう、地に伏せた屍となってしまったからだった。


『なんて暴力的なアピール……皆が虜になって、気付いた時には死んでしまったのです……凄まじい漢だった。フロンスさん、貴方だけ終始平静を保っておいででしたね。今のステージの感想をお聞きしてもよろしいですか?』

「青年の裸体を見ても何も欲情しませんよ」

『――――ッ』


 場を凍り付かせるフロンスの一言。しかし当人は気にした様子も無く、会場に認めた双子の少年に声を掛け始める。


「おいで〜おいで。何と可愛らしい天使の様な少年でしょう……こっちにおいで、あちらでりんご飴を買ってあげますから」


「おじさんがりんご飴買ってくれるって! やったねクラエ! キャハハ!」

「いけないよヨフエ。あれはきっと変態のたぐいの人間だよ。決してついて行ってはいけないよ」

「っえ〜〜〜!! なんでなんでなんでー!!」

「あっちでチョコバナナ買ってあげるから行くよ」

「えーー!! やったー!! おじさんバイバーーイ!!!」


「はぁ〜あ、フラレてしまいました」


 涼しい顔をして足をパタつかせるフロンスに、トッタはこれ以上なく軽蔑した目を向けた。そしてもう二度と彼には関わらない事にしようと心に決めた。

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