第217話 私立セフト高校学園祭名物 男女混合水着コンテスト(part4)


『なんなんだ、一体何がどうなっているんだ今年の男女混合水着コンテストはッッ!』


 恍惚の叫喚と血と死人に溢れた会場に、トッタの絶叫に近い声が響き渡る。


『息切れして……クッだが、行くぞ、実況者としてこれ程誉れある年に実況が出来るのだから!! 果たしてこのコンテストが終わる時まで、我々の精神は無事でいられるのか!? エントリーNo.39! なんと、隣町の超名門カリスマ男子校からの参戦だ! ラル・デフォイットくん!』


 審査員席のピーターが、男子校という響きに甘美な含みを持って息を漏らした。そして爆発した黄色い頭髪を撫で付けて、ステージに現れる男子を待つ。


「フンフン、フフフん……男子、男子っ」


 仰け反るほどに胸を張って現れたラルは、長いコートを羽織って前を締めていた。その挑戦的なスタイルに客席でざわめきが起こるが、ピーターは一人口角を吊り上げていた。


「ちょっとぉ、水着コンテストでしょ、なんでコートなんて……」


 そう漏らした客席の女を、ピーターは一喝する。


「黙りなさい小娘」

「で、でもピーター先生!」

「あなたの目は節穴? 彼の足元を御覧なさい」

「す、素足……!」

「そう、彼は水着を着ているわ……あの長いコートの中に……ね」


 非難ごうごうとする声を物ともしないラルは、ゆったりとステージ中央に立ってから、客席にその身の正面を向ける。


「鬼が出るか蛇が出るか。それとも……天使?」


 大胆不敵な挑戦者に、ピーターは爛々とした視線を向かわせた。

 ――そしてラルがそのコートを脱ぎ払った!


「な…………!」


 黒光りしたレザーの海パンに同じ素材のタンクトップ、それの至る所には隙間も無い程にシルバーが飾り付けられていた。

 ラルは鼻をフンと鳴らすと、後頭部で手を組んで陽光に照らされた自分に酔いしれた。


 そして実況は、スゥと息を吸い込んで叫んだ。


『ダ……ダセェええエエええええ!!!』

「なんだと!?」

『うぉおおええええええ!! しかもガリガリだぁあー!!』


 客席からも悲鳴に近い声が上がる。その様を不服そうに眺めたラルは、怒りながら吐き捨てる。


「このクズ共め! この俺様の高次元ファッションが分から無いのかッ!」


 顔を真っ赤にして反論するラルを認め、トッタは特別審査員のピーターの意見を仰ぐ。


『ピーター先生……こ、これは……』

「……」


 ぷるぷると震えたピーターは、俯いた頭を勢い良く振り上げてから声を張り上げた。


「鬼ィィイイイ!!!」

『そ、それはどういう!?』

「駄目! ダメダメダメ! 見たらわかるでしょう、ゲロダサよ! そんな重りを付けて何が水着よこの中二野郎が、死ね!」

「なにぃ! 貴様この俺様に向かってなんたる狼藉を……ッ!!」


 とは言いつつも視線を泳がせ始めたラルは、やがて赤面しながらコートを拾い上げて身を竦ませる。


「僕は! 良いと思うよ――!!」


 しかしステージに閃光の様に射し込んだ声、赤面したラルが緩々とその声の方へと顔を向けていく。


「リンド……」

「僕は、僕は格好いいと思う! 本当さ! そのガリガリのアバラと無骨なシルバーは、パンクロッカーみたいで凄く合っているよ!」

「く……やめろリンド。恥の上塗りだ……」

「そんな事無いよ!!」

「え――――っ」

「ラルは格好いい! 誰が何と言おうと、僕にとってはヒーローなのさ!」

「リン……リンド、僕は…………ぼくは!!」


 ステージを飛び降りて、ラルはリンドを抱き寄せた。


「リンドぉおお!!」

「痛ッ痛いよラル……イタッシルバーが肉に挟まる……ッ!」

「愛しているぞ、リンドォオオオ!!」


『さ、さぁ……訳が分からないが、得点は』


【21】


『な……ピーター先生!?』


 10点の札を挙げているピーターに、周囲の人々は衝撃を隠せないでいる。


「あんた……きっと良いファッショニスタになるわよ。ラル・デフォィット……」

「な……貴様はさっき俺を酷評したではないか!」

「……その挑戦的なハート、そして尖りきったスタイル……貴方の成長を、ピーター・ウィルフォットは楽しみにしているわ」

「……っ」

「いずれ貴方が成長し、私の店、ラブハリケーンを訪れるのを楽しみにしています」


 そう言ってピーターは、友と抱き合う二人に涙を流した。


「ワァァァアバ! ワタジもおまえが好きだぞラル・デフォイットぐん!」


 ――もう一人ピーターと並んで10点の札を挙げていたベダが泣き喚く。


「うわぁあおおん!! 感動したぞおおお!!」

「あ、あぁ、ありが……とう」

「ぁぉあおおん!! 食べでしまいだい位だッ!!」

「は……ぁ、あ?」


 カエルの様なベダの瞳に、ラルは顔を青ざめさせたまま退場していった。


「待でええ!! せめでチューさせてぐれよラルぐん!!」


 審査員席を離れてラルを追っていったベダ。遠くからは悲鳴の様な声が聞こえる。


「わぁぁ、やめろ醜い! 僕の側に寄るなぁあ!!」

「何処に逃げたって分かるどぉお、そのシルバーのジャラジャラいう音でよぉお!!」

「リンドおおおお!!」


 静まり返った会場で、トッタは気を取り直す。


『さ、さぁ皆様、ややクールダウンした所で……次に参りましょうか。エントリーNo.40! ラル・デフォイットくんと同じカリスマ男子校からの参戦だ!』


 先程のパフォーマンスで盛り下がりきってしまったステージ。そこで再び告げられた同校の名に、客席の心理はまた落ち込み始めていた。


『カリスマ高校筆頭プリンス! 我等が王子様、ギルリート・ヴァルフレア様だぁぁあ!!!』


「「えッ!!」」


 トキメキを孕んだ女性達の声、その後に現れた、かの有名プリンスの姿に、会場中の女性が黄色い声を爆発させていた。


「ひぎゃぁぁあ!! ギルリート様!!? 本当にあのプリンスが!!」

「ギル様! ギル様ァァ!!」

「Mr.プリンスが下界に降りて来られたの!!?」


 ギルリートはそのしなやかな肉体美を見せ付けながら、王然として態度で客席の女性達へと声を届ける。


「来てやったぞ愚民共。我が肉体の素晴らしさに、虜になる事を許そう」


 ギルリートが目元のマスクを脱ぎ捨ててそのご尊顔を露わにすると、会場の女性のほとんどが泡を吹いて失神した。


「ふぅん……俺のモノになりたい女は声を上げろ」


「「「フンギィィああああああ!!!」」」


 空がひっくり返りそうな女達の絶叫に、会場に大地震が起こる。


「あぅ……あ、ぅあ……」


 ピーターはポカンと開いた口から舌を出して呻いている。

 そして暴言ばかり吐いていたルイリは、目をハートにして王子の御姿に恍惚としていた。


「王子……様。白馬に乗った、王子様!!」


 ギルリートの股間から伸びた鶴のオブジェクトが、ルイリには白馬に見えて仕方が無い様だ。


「良い声だ女共。知っているか? 遠く遥かな東の伝承に、この様な水着があるという事を」


 股間を前に突き出したギルリートの恥部から、鶴の長き首が伸びて風に揺れている。その奇怪さに男性陣からは冷ややかな感情を集めるが、虜になってしまった女達にはそれが素晴らしくセクシーな物にしか見えなくなっているらしかった。


『王子様ぁぁあうおおおお!! なんなんだこのオーラ!! 女達を魅了するこのエロティズムの波動は!! 大気に媚薬を混ぜられたかの様な熱狂は!!』


 ポーズを決めて髪をかきあげるギルリートの姿に、会場の揺れは激しくなるばかり。

 審査員席のミハイルも嬉しそうに手を打ち、ようやくと意識を取り戻したピーターは舐める様に彼の肉体を見回してからスマホで盗撮した。


「ハフ、ハフハフ…………ハフゥオオっ!!」

「おや、ルイリくんどうしたんだい、息を荒くして?」

「ミハ、ミハイル様!!」


 ミハイルは生徒指導のルイリ・ルーベスタが顔を覆って息を荒くしているのに気付く。


「どうしたんだいルイリくん? 具合が悪そうだ」

「……ふぅ、フゥ……フゥ!」

「生徒達から鬼と恐れられる君が……らしくないじゃないか」

「ミハイル様、私…………」


 顔を挙げたルイリ・ルーベスタ。傍若無人の鬼の生徒指導の中年女が、乙女の顔に変貌していた。


「こんな悪辣非道な鬼になる前は、私も清純な一人の乙女だったのです」

「げ……ッ」


 急ごしらえした若作りの厚化粧に、ミハイルは顔を仰け反らせた。そしてルイリはガタリと椅子を押し退けて立ち上がる。


「これはきっと恋……恋の予感。あの時のトキメキ……思い出した、私、私女の子だったんだ!」


 ルイリの変わり果てた様子に目を剥いたトッタが、声に寒気を帯びながら語る。


『なななんと! あの鬼の生徒指導、悪魔の化身、パワハラモラハラなんでもござれの体罰中年悪党ババアが!! 王子の魅力に陥落しているぅう!!』


 ルイリはそんな罵声に眉根の一つも動かさずにステージへと向かう。


『校則違反の生徒を竹刀で叩きのめして足を舐めさせる! 肩のぶつかった生徒に4000枚の反省文を強要する、目のあった生徒を片っ端から小突いて回る! 自らの放屁を手近にいた生徒の失態にして笑う! 極悪非道の悪の化身が、いま目をトロケさせて乙女走りをしてるぞおお!!』


 生徒達にとって余りにもショッキングな光景に、全ての者は息を呑んでステージを上がっていくルイリに刮目するしか無い。


「ギルリート様……いや、ギルくんッ! 私と踊って下さい!」


 胸を高鳴らせたルイリに、美しき鶴が振り向いていく。


「随分と……勝手極まる野蛮人だそうだなお前?」

「うっ!」


 自らを避難するプリンスの声に、ルイリは肩を跳ね上げて俯いていく。そして彼女の差し出した手は鶴の頭に叩き落された。


「俺が何よりも嫌うのは、醜く、馴れ馴れしい……まさにお前の様な女だ」

「うぅ…………うっ、う……」


 涙を流すルイリに、ギルリートは冷酷な声を休める事なく歩み寄っていく。


「醜くくってごめんね、こんなおばさんで……」

「黙れ下民。俺が醜いと称するは、外見では無く、心の話だ」

「え……」


 顔を挙げたルイリの眼前に、王子の手が差し伸べられていた。


「手を伸ばすのは貴様からでは無い……俺の差し出した手を、貴様が取るのだ」

「――――っあ」


 その手を取ると同時に、フワリと抱き寄せられたルイリが頬を真っ赤に染め上げる。

 嫉妬で溢れ返る女性陣の声など、もう彼女には聞こえない。


「今宵だけはその醜さを忘れて踊らせてやる。この俺の腕の中で……」

「…………っ!!」

「shall we danceだ、クソババア」

「――ホウウッ!!!」


 ギルリートの腕でクルリと回されたルイリが、耳から水平に血を噴き出して死んだ。

 最後まで夢の王子様の佇まいであったギルリートを女達の絶叫が包む。そしてトッタは拳を握りしめて吠えた。


『さぁ偉大なるプリンスの得点は!!』


 死んでいる筈のルイリの腕が動き、10点の札を挙げると得点が表示された。


【184】


『ぬぉおおおあ!! 歴代最高得点でトップに躍り出る大波乱! そして再起不能になった審査員得点の集計はどうしているのか! 波乱に次ぐ波乱! 訳が分からねぇが今年が伝説になる事は間違いない!』

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