第200話 血の道で何を思う

 *


「ァァ……っ」


 鴉紋は泉のある巨大な庭園を走る。

 痛む体を引き摺って、頭を揺らして落涙しながら。


「ァァァああ!!」


 ――だが、瞳は獣のそれだ。


 彼の心にまた、火が灯り始めていた。満身創痍の体を無理に動かして、魔物と魔人の入り乱れる、美しき庭園を駆けていく。

 彼は彼の役割を思い出し、その足は思いの他に前へと突き進んでくれる。


 そこで光の化身が鴉紋に飛び掛かって来た。


「――――っ!」


 しかし空から飛来した大鷲の魔物がそれを防ぎ、そのまま光の剣の餌食となっていた。そしてピクピクと痙攣して地に溶けていく。


 ――まだ魔人が溢れている。

 しかし代わる代わるに、赤い目をした獣が光に喰い掛かっていく。

 その命を賭して、主の道を開けていく。


 気付けば鴉紋の前に、一筋の道が出来ていた。


 血で開かれた深紅の道が。


 皆に託された一本の道が。



 やがて鴉紋は豪奢な宮殿の前に辿り着く。

 荒れた息のまま、その巨大な扉を黒く変化した腕で押し開けていった。


「存外に……遅かったな」


 先ず耳に飛び込んで来た男の声。天井の高い巨大コンサートホールで、その男は壇上の最後尾に座っていた。


「てめぇか……ギルリートとかいうクソは!!」


 鴉紋の怒号がホールに反響すると、壇上に整列した三百の奏者が居住まいを正していった。


「ハヴァナイッスデー終夜鴉紋っ」

「このどさんぴん共が……揃いも揃っていけすかねぇ場所に招きやがって! 覚悟は出来てんだろうな!」


 無視されたカルクスは両手を上げておどけている。壇上にはそれぞれの隊長を先頭に、部隊……もとい演奏団が並んでいる。


「あれが終夜鴉紋? ……やだ汚い。ボロボロじゃない。品が無いわ」


 そう言って赤いドレス姿のフォルナが目を細めると、ギルリートがニタリと笑む。

 

「随分と傷だらけだなぁ終夜鴉紋。我がゲブラー交響楽団の一世一代のステージだというのに、ドレスコードはどうした? ……くっく」


 赤いメッシュの髪を指に巻き付けながら、天使の子は自身気な表情を披露した。

 その黒く変化した四肢を力み上がらせたままに、鴉紋は鋭い視線をギルリートに向ける。


「わりぃな……こんな上等な場所は初めてでよぉ。今から着替えるんじゃ駄目か?」


 そして挑発する様にして黒い掌を開き、眼前で握り込む。


「真っ赤な真っ赤な……貴様等の返り血で染まってよぉ!」


 吹き出したギルリートが、白い歯を見せて立ち上がる。


「……くっく。なかなかにユーモアのある……だが残念だ鴉紋よ。赤は……。マナー違反だぁ」


 優雅にお辞儀をするギルリート。

 そして鴉紋を見つめ返す。互いに心の内を探り合う様にして。


「それにしても、随分派手な入場劇だったなぁ……一人で来いと言ったのに、魔物のパレードで行進して来るとは」


 笑みを消したギルリートが、頭上に掲げた巨大な十字架を指し示す。


「相応のペナルティは受けて貰う。しつけのなってない低俗野郎にはな」

「……っ! マッシュ!」


 高くまで伸びた銀の十字架に、マッシュが縛り付けられたまま項垂れていた。


「貴様ぁ!!」

「おっと待て待て鴉紋。そうくなよ? 彼はまだ生きている」

「あ……?」


 頭上でマッシュが微かに呻いて顔を動かした。その拍子に額に掛かった髪が流れ、鴉紋はそれに気付く。


「な――――ッ」

「気付いたか鴉紋? これは俺からお前へのサプライズだ。ショーを最高のものにする……な?」


 幼き少年の額には、大きな金色の魔石が埋め込まれていた。

 

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