第199話 立てよ、冷血の王

 *


「くそう! こっちにも破壊の天使達が!」

「一体どれだけいるんだ!?」


 ベルム宮殿を目指す一行、可能な限り光の魔人を避けてルートを迂回するも、膨大な数の敵が直ぐに道を阻んでくる。


「あと少し……ここを真っ直ぐに行けばすぐなんだ!」


 ローブを纒ったロチアート達に守られる鴉紋。

 どちらに行っても魔物や人々の死骸が転がっている。敵も味方も、魔が入り乱れるこの都に逃げ場など無いのだ。


 巨大な庭園を挟んで、前方に宮殿が見えている。あれがベルム宮殿らしいが、その入り口を塞ぐ様に光の化身が立ち尽くしていた。


「これ以上回り道をしても、奴等に囲まれるだけだ」


 青年がそう言うと、彼等は何かを決意するにして目配せを始めた。


「待て……お前ら、何をする気だ」


 鴉紋はそう言ったが、彼等は剣を握り締めて走り始めた。


「行くぞ……鴉紋さんの道を切り開け!」

「馬鹿、やめろ!」

 

 亡霊の様にそこに佇む光の魔人に、数人のロチアートが切り込んでいく。


「おおおッ!!」

「力の無い俺達でも、足止め位なら!!」


 身を呈した突撃に、微かな道筋が現れる。鴉紋の側で拳を唇を噛み締めていた女が、彼の袖を掴んで叫んだ。


「行きますよ鴉紋さん!」

「待て! 俺がやる、このままじゃああいつら死んじまうだろう!」


 明らかに剣に不得手と見える男達が、魔人に囲まれ、切りつけられている。

 しかし女は決死の形相で鴉紋を見定め、強引に腕を引っ張った。


「そうです! 彼等は死にに行ったのです!」

「はぁ!?」

「だからこそ! 彼等の死を無駄にしないでください!」

「死ぬって……なんで俺にそこまでするんだ!!」


 押し寄せる魔人を無理矢理に押し退けながら、彼等は切られ、血を吹き出しながらも魔人にしがみついていく。


「鴉紋さん!! 行ってください!!」

「いでぇっ!! 鴉紋さん、早く……! 早く!!」


 鴉紋が女に連れられて、仲間の背後を走り抜けていく。だがその際に、一人の魔人が光の剣を振り上げていた。


 それが鴉紋の脳天へと迫る――――


「鴉紋さッ……ッきゃあ!!」

「――ッオマエ!! この、クソ人形ど――――ッ!!」


 鴉紋を庇う様にして背を切りつけられた女。わらわらと押し寄せて来る魔人に鴉紋が振り返った。


「何をしようとしているんですかっ!!」

「は……!?」


 女が青ざめた顔で鴉紋を睨み始める。


「何って……お前らを!」

「こんな所で体力を消耗して! 誰を救うって言うんですか!」

「……ッ」


 彼女は鴉紋に振り返るのを止めて、腰から短刀を抜く。その先では、青年が見るも無惨に串刺しになっていた。

 彼女は震えていた。背の痛み、そしてこれから起こるであろう恐怖に苛まれ、それでも目を剥いて息を落ち着けていく。


「分かっていますか? ベルム宮殿には憲兵隊と天使の子が居るのです! 貴方がその包囲をかいくぐってマッシュを救うと言うのなら! こんな奴等を相手にしていてはいけない!」


 足を止めた鴉紋が、その背に問いかけていく。


「でもこのままじゃあお前らが……なんでそんなに俺に期待するんだ、自分の身を投げ売ってまでオレに」

「……」

「そんな風に……もう、俺に全てを背負わせるのは辞めてくれ……もう、もう俺には、お前らの思いを叶えてやれるだけの力も……っ!」


 弱気を見せる鴉紋に、女は振り返らない。

 ただ風に流れる長い髪を纏め、前を見据えていく。


「貴方に期待するのは、貴方がこれまで、叶えられぬ筈の願いを叶えて来たから……」

「それはっ……俺の中の、影が!」

「そして私達は、貴方に全てを押し付けているんじゃない」

「……?」

「貴方の夢を、そして私達の夢を叶える為に……共に闘っているのです。それぞれの役目を持って」


 魔人が彼女に襲い掛かかろうとすると、脇から魔物が飛び込んで来てそれを遮っていた。


 そして彼女は、震える手に持った短刀を振り上げて、魔人の頭を突き、殺す!


 そして恐ろしい声で叫ぶのだ!



「――男の癖に、メソメソしてんじゃねぇ!!」



「……っ」

「人にはそれぞれ役割があるんですッ! 私にも、そして貴方にも!!」

「役割……」

「そして私は今、自らの役目を全うする! 一人で背負わされてるなんて、思い上がってんじゃないよ! 貴方は貴方の夢の為に! 私達は私達の夢の為に勝手に闘ってんだ!!」

「……!」

「別に貴方の為に死ぬんじゃない! 私達は、私達の夢の為に死ぬだけだ!」

「……ぐ…………!」

「アンタが私達のだから!!」


 光の群れが、魔物を蹴散らして彼女に迫る――


「行けっ終夜鴉紋!!」

「ぁ…………ぅ……あ」

「貴方は悪逆の王。冷血の王だ! 死にゆく私達の屍を踏み! 天を目指して眉根も動かすな!」

「ぅぅう゛……ぁああ!!」

「いけぇええ!! 私達の夢は、こんな所じゃない……もっと高みにあるんでしょう!」

「――ぅぅう……ウアァァアア!!」



 ――――――!



 そして次の瞬間に体を滅多刺しにされた彼女は、尚も踏み留まって、短刀を振り回す。


 振り返り、走り行く夢の背中を見つめながらに……


「マッシュを……息子をよろしくお願いします……」


 そして血の涙を垂らして事切れた。

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