第196話 人間じゃない奴には何をしてもいい

 ギルリートの被るマスクがカタカタと震えていた。その先に、フォルナは微かな赤の煌めきを見る。


「特に魔物だ! 魔物は駆逐せねばならん! この世界にいらぬ生物! 必要の無い邪悪! 一匹残らず根絶やしにするべき卑しい生物なのだ!!」


 荒ぶった吐息に合わせ、高く上下するギルリートの双肩。面食らってしまった奏者達を押し退けて、フォルナは一人あっけらかんと彼に告げる。


「混沌の世に光を射し込む大交響曲……だったかしら?」

「おお……そうだ、こんな事をしている場合では無い! 絶望の世に導きの光を示す、大いなる楽曲の準備に取り掛からねばならん! もう夜明けはすぐそこにまで来ているのだ!」


 フォルナの言葉でようやくと正気を取り戻したギルリートは、にんまりと笑って革命の大曲を思う。


「この時の為に、どれだけの修練を積んで来た事か……今こそナイトメア奴等を滅し、開闢かいびゃくの交響曲を世に響き渡らせるのだ!」


 ――するとそこで、大広間に兵が走り込んで来る。


「ギルリート様!! 大変です!」


 調子が良くなって来たギルリートの元に、また横槍の伝令が届く事になった。


「魔物が都のあちこちに現れ、民を喰い荒らしております!」

「――――!」


 ざわめき出す奏者達。ギルリートは兵に向かい合ったまま動かなくなってしまう。


 エルバンスが長髪を指に絡み付けながら前に出る。


「あらあら、結界は?」

「既に破られております!」

「oh……それじゃあ魔物も入り放題だねぇ〜。どうやって破られたのかな?」

「それが……所属不明のロチアート達によって、一斉に陣を破壊され……」

「ワッツ? 所属不明? ナイトメアの一員か、農園の奴等だろう?」

「いえ、農園にもホドのグラディエーターにも登録の無い、全くもって正体不明のロチアート達が民に扮して潜伏していた様で……」

「魔物の様に突然湧いて出た様だねぇ。または、野生のロチアートが既に紛れ込んでいたのか……どちらにせよ、とんだサプライズだ」


 そこで野太く、ドスの効いた声が彼等を遮っていた。


「そんな事、どうだって良いのだ」


 深い鼻息を吐いてからギルリートが笑い始める。


「良いだろう終夜鴉紋。俺の中にあった僅かな躊躇ちゅうちょですらが、今ので一気に吹き飛んだ」


 そしてギルリートは足元で震えるロチアートの少年を眺める。


「醜い魔物の群れに、クソ汚えロチアート共の親玉。こいつを一片に葬れるとはありがたい」


 天使の子の笑いはピタリと止まり、ヒレの様に鋭利な羽が背後で開いていく。


 ――そして押し黙ると、彼の周囲で闇が爆ぜていた。


 そして今度は憤りながらに、ギルリートは誰とも無く叫び付ける。


「最高のショーを見せてくれよう!!」


 怖気の立つオーラに巻かれ、大広間に居る者は体を震わせてその恐怖に抵抗を続けるしか無い。

 ギルリートは懐から金色の魔石を取り出すと、顔の前にまでつまみ上げる。


「こいつは史上最上級の演奏にしか反応を示さない特別な魔石だ。おそらくは……我等が集大成のこの曲を、最高のパフォーマンスで奏でる事が出来たらば……」


 そしてギルリートはマッシュの髪を掴んで引き上げていく。


「いっ……! やだ、ヤダよ!!」

「試したい事があるんだ……クク。余りにも非人道的故に、一度も試した事さえ無かったが……」

「いたいよぉおお!」


 そして彼はマッシュを引き寄せて、恐ろしい瞳をマスクから覗かせる。


「お前はから、良いよなぁ? ロチアート」


 そして一つしかない最上の魔石を陽光に煌めかせた。


「我が1万2千の破壊の天使で……魔物もロチアートも、全て細切れにしてくれる」


 そして舌を出しながら弧を描く瞳。


「仕方無い……なれば貴様は手ずから殺すぞ終夜鴉紋……対面とあらば……あの神さえも打ち破る、このギルリート・ヴァルフレアの力で……!」


 ******


 西陽に照らされた市壁が、オレンジ色に輝いている。

 日の暮れかけた中、息も絶え絶えにゲブラーの都に辿り着いた鴉紋は、方々から上がる悲鳴と炎に気付いて愕然としていった。


「ふざけるな……ふざっけんなよ!」


 そして足を引き摺ったままに走り出す。

 たがすぐに、限界の近い体が足をもつれさせて転倒した。


「……ゥゥウ゛!」


 ただそれだけの事で意識が薄れ掛けた。血を失った体は寒気を与え、切り刻まれた体は麻痺して痛みを忘れている。


「邪魔すんじゃねぇぞ……!」


 それでも鈍重な体を引き起こし、血走った三白眼を都へと向けて立ち上がっていく。


 そんな体で一人敵地へと飛び込んでいく彼に、最早勝ち目は無いのだろう。

 だが鴉紋はそんな事など考えていない。


 ――あと少しだけ付き合えよ……! 


「俺のせいで取り残された仲間残したままじゃあ……! あっちで梨理に合わせる顔がねぇだろうが」


 ――てめぇの力なんざ借りなくてもやってやる! 俺は俺の望むままに、この手で全てもぎり取るだけだ



 ――もう二度と、俺の大切な者は奪わせねぇ



 蘇る、奪われた最愛との最期。


 ――人間テメェらだけには……

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