第195話 誰よりも何よりも、嫌悪する存在
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「馬鹿者共が! これはどういう事だ!」
ベルム宮殿の大広間へと続く大扉を蹴破りながら、怒り心頭のギルリートが、整列した交響楽団達へと血走った目を向かわせる。
「とういう事かと聞いているんだぞ!」
彼の後ろを付き添っていた魔人は、小さな少年を床に転がしてから魔石に戻った。その魔石を中空で捕らえたギルリートは、鼻筋にシワを寄せながらそれを掌で砕く。
整列したそれぞれの交響楽団の先頭には、憲兵隊隊長のフォルナ、カルクス、エルバンスの三名が、さながら今から舞台に上がるかの様な正装で立ち尽くしている。
「カルクス。ギルリート様はあんたの事を言ってるのよ?」
「ふふ〜ん、ふんふん♪ あぁ〜。失態を糧に立ち上がった僕は、また一段と精悍な顔付きに成長したみたいだ。ほら見るかいフォルナ? また新たなる美しさを獲得してしまった。ビューティフル!」
天使の子からの命も無いのに終夜鴉紋の討伐に出向き、更に人質の勝手な処遇を下そうとしたカルクスであったが、彼は手鏡に映る自分を眺めてウットリしているばかりだ。
しびれを切らしたギルリートが叫ぶ
「カルクス!」
やや緊張した面持ちで手鏡で表情を隠し始めたカルクス。先程までの態度は彼なりのしらの切り方であった様だが、やはり逆効果であった。
するとカルクスは、そろそろと震えた指先を後方の老人へと示していった。
「……全部ウェービーの指示だよ。アンダースタン?」
「ナニィ――ッ!!? この老いぼれ! 八つ裂きにしてくれる!」
「あわあわあわ、あんまりです坊っちゃま〜!!」
事の他単純に騙され掛けているギルリートに、フォルナは溜息混じりの声を投げ掛ける。彼女の堂々とした態度は天使の子の前にしては不遜にも思える程だ。
「ギルリート様。もうそこまで終夜鴉紋は迫っているのです。
「ふぅむ……それもそうか。この世の混沌を討つ一世一代の大演奏会の直前だからな。……このアホカルクス! 宮殿中のトイレ掃除位は覚悟しておけ!」
随分と軽い罰を告げられたカルクス。
だがカルクスは手鏡を落とし、目を剥いてガタガタと震え始めた。
「oh my god……この、僕が誰が使ったやも分からぬ下民共の排泄器を……? 背中を自分で洗った事もない、この高貴な僕に!? 重過ぎる! その処分は重過ぎるギルリート様! どうか考え直してくれないか!」
「ならん!」
「ジーザス……悲劇、だ……」
膝から崩れ落ちたカルクスは、呆然とした視線を床に彷徨わせて放心してしまった。
「それともう一人……何時まで黙り込んでいるつもりだ! エルバンス!」
呼び付けられたエルバンスは、無表情のまま顔を上げた。しかし一向に口を開こうともしない。
「……」
「カルクスに引き続き、おめおめと魔物如きに恐れて引き返してきおって! 貴様等に類稀なる音楽の才覚が無ければ、即刻除名にしてやりたい所だ!」
当の本人は絶望していたが、先程カルクスに見せた恩赦からも、ギルリートが音楽の才を何よりも優先している事が伺える。
それぞれに音楽に関して
「ギルリート様……」
「なんだ! とっとと言え!」
するとエルバンスはステッキを両手に握り、深く息を吸い込んでいった。そして油紙に火のついた様に話し始める。
「ギルリート様は魔物と目前に対峙した事はあるの、ねぇ? あの恐ろしさと来たら、まさに筆舌に尽くし難いといった所だよ。あの吐息、荒々しい息と四足の足取り、あぁ考えるだけでおぞましい。貴方もあの姿形を見たら竦み上がるに決まってる。そうだよね、うん」
「……!」
「そもそもなんであんな所に魔物が出たのかな? だってあそこは余り魔物の目撃例の無かった場所だよ? カルクスに至っては完全に都の結界内に居たというのに魔物に襲われたって聞いたし。都の結界が不充分だったんじゃないの、ねぇ? 誰だって突然にあんな化物達に襲われたんじゃあビックリするよね? ギルリート様はどう思う? ねぇ?」
以外にも強気の抵抗を見せるエルバンス。
するとギルリートの面相が、マスク越しにも分かる程に真っ赤に腫れ上がっていく。目の見えないエルバンスであったが、その異様な雰囲気を察知したのか、まくし立てる様に話していたのをピタリと止める。
「何時まで話しているつもりだ――ッ!」
「え……」
「とっととターンを渡せ! しかも何だ? この俺に魔物を見た事があるのかと……そう問い掛けたのか!?」
彼の
「……知っている、知っているに決まっているだろ! あの愚かしく醜悪な生物共を! 見るだけで吐き気を催す、あの邪悪で劣悪なる姿を! 俺は!」
勢いを殺されたエルバンスは、冷や汗をかいて押し黙った。余りの気迫に奏者達もが息を呑んでいく。
「いいか覚えておけ!! この俺が、誰よりもッ何よりもッ! 魔物とロチアートを嫌っているという事を!」
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