第194話 ギルリート・ヴァルフレアは全て凌駕する


 そしてギルリートは彼等を下がらせて鉄格子の前へと歩み出していく。そこには冷めた瞳をしたフロンスが立ち尽くしている。


「カルクスのアホめ……好き勝手やってくれたな、後で仕置きが必要だ」

「おやおやギルリートさん。また会いましたね」

「フロンス……」

「今処刑される所だったんですが、今日は何をされにこんな薄汚い所へ? 私達の処刑を中止にして下さるのですかね?」

「その様子だと終夜鴉紋の話しは聞いているな」

「それにしても、天使の子が一人でフラフラと不用心ですね。私がこの格子の向こうに居たら、今すぐにでも噛み付いてあげたい位です」

「……くく」


 小鼻をピクつかせながら口角を上げたギルリートは、怒らせた肩を落としていった。そしてやや落ち着いた口調で話す。


「残念だが家畜よ。条件を破った終夜鴉紋への罰に、貴様等どれか一人の首を差し向けるのは我等の総意だ」

「そうなんですか。ならばこのまま私を殺せば良いでしょう? 折角話しが纏まったと言う所で……それは無粋ぶすいというものでしょう?」


 再びに緊張感を走らせるフロンス達の前で、ギルリートは顎を上げて彼等を見下ろす。


「駄目だ。どいつを選び、どう始末を付けるかはこの俺が決める」

 

 ギルリートが檻の内部へと視線を向かわせたのに気付くと、ポックはへらへらとしながら彼を睨む。


「ずっと思ってたんすけど? 何でマスクなんてしてるっすか? でっかい傷があるとか? なんかコンプレックスでもあるんでしょうねぇ?」

「……挑発しても駄目だ下等生物」

「かと……!? 聞き捨てならないっすねぇ!」


 鉄格子に飛び付いてギルリートに腕を伸ばすポック。


「……」


 しかしギルリートは激情する事も、瞬きする事すらもせずに構わない。心の底からロチアートを見下しているかの様に、道化を演じる彼を気にも止めなかった。

 そして天使の子は奥に座り込んだ小さなシルエットへと目星を付ける。


「ガキ……お前だ。やはりお前にしよう」

「……え、ぼ、ぼく……?」


 マッシュから目を逸らさせる目論見が上手くいかずに、ポックは愕然としながらマッシュを匿う。


「なんでっすか!? こんな子ども殺したって何の得にもならないっすよ! 俺とフロンスさんは、隙があったら暴れ回るっすよ! 誰かを殺すっていうなら、リスクのある俺達の方にしたらいいっす!」

「構わん。仮にお前等二人が暴れ回ろうと、即座に鎮圧出来るだけの力が俺にはある」

「大した自信っすね……でも、なんでマッシュなんすか?」

「終夜鴉紋へと、より痛烈な心理的ダメージを与えるには、お前等よりもガキが良いだろう」


 頑なに意思を変えようとしないギルリートに、フロンスが囁く様に語り掛ける。


「悪趣味ですね」

「悪趣味? 食肉を女から殺そうが子どもから殺そうが、非難する奴などお前等以外にはいない」


 語るべきは全て終えたと言った具合に、ギルリートは鉄格子に掛かる錠の前に立つ。そして兵達に声を向けた。


「おい、鍵を寄越せ」

「え、……いやギルリート様。それは危険です。よしんばやるにしても、おいら達が代わりに……」

「息が臭いから喋るな! さっさと鍵を寄越せば良いんだ、二度も言わせる気か!」


 萎縮した兵から鍵を手渡されたギルリートが、錠を外そうと鍵を手に取る。

 するとポックは目をギラつかせ、その全身の筋肉を膨張させていく。更に彼の体を取り巻く様に風が起き始めた。


「正気っすか? 入って来た瞬間に首をへし折るっすよ!」


 凄まじいプレッシャーを放つポックであったが、ギルリートは適当に相槌を打つ。


「ああ、はいはい。勝手にしろ。俺は忙しいんだ。早く戻って交響曲の仕上がりを確認せねばならんし」


 そして彼はあっさりと錠前を外して鉄格子の向こうへと入ってしまった。


「――後悔するっすよぉ!!」


 内部へと侵入して来たギルリートに向かって、ポックが疾風を纏って駆け出した。その速度は誰もが反応を遅らせる程に早く、そして力強い。


「――フン」

「かは――ッぁ!!?」


 だがギルリートはいとも簡単にポックを払い落としていた。


 ――その、となったかいなで。


「――――ッ」


 霧の様に拡散していた闇が、即座に形を成して豪腕へとなり、ポックを地にめり込ませていた。想像を越えた衝撃に、頑強な彼が一気に意識を消し飛ばしている。

 ギルリートの腕が闇となって霧散しながら元の腕へと戻っていく。彼は周囲の反応などを気にする事も無く、そのまま蹲ったポックの前に立った。


「おお汚い。俺が直接触るのか? いやいや有り得ない……あぁそうだ。天使に任せれば良いのだ。こんな簡単な事も思い浮かばぬとは、疲れているな」


 懐から取り出した一つの魔石は光の化身となり、マッシュを担ぎ上げる。振り返ったギルリートが、動転した視線を揺らすフロンスを一瞥する。


「お前は掛かってこないのか?」

「それは……何なのですか? その黒い魔術は?」


 開け放ったままの扉へと向かって、ギルリートはフロンスの横を素通りしていく。


「闇だ」


 そしてギルリートは扉に錠を掛けた。


「終夜鴉紋も、ミハイルですらも敵とはならず、これは全てを凌駕りょうがする」


 固まったまま動け無いフロンスは、何とか言葉を一つ紡ぎ出す。


「マッシュを、どうするので?」

 

 ギルリートは魔人を引き連れて階段を上がって行く。


「大曲のフィナーレを飾る演出に最高だろう? ただ首を送るよりも、もっとむごい結末を奴に見せてやるのさ……終夜鴉紋に」


 そして地下には、震え上がった男達が残されるだけとなった。

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