第193話 「この不潔野郎! 風呂に入ったのは何時だボケ!」
ポックはフロンスの元にまで歩み寄ると、真剣な面持ちを見せていった。
「フロンスさん。ここは俺が行くっす」
「待って、ポックさん! 貴方では駄目です、私が……」
「あなたは鴉紋様にとって必要な男っす。俺が行くっすから」
問答する彼等を兵達がニタニタと見つめている。そして反応を観察する様にして、スキンヘッドの男が声を上げる。
「言い忘れてたぁ! Mr.カルクスは選ばれた男にとびっきりの拷問をするってよぉ! いへへへ!」
「そうだ。死んだ方がマシっていう位の……キツイのをなぁ……うごごご、さぁどっちにするんだいロチアート?」
「うるさいっす! 卑怯な人間共!」
悪趣味な愉しみ方をする兵をポックは睨みつけた。しかし彼らの声が止む事は無い。
「俺っすよ! さぁその長槍で突くでも何でもして弱らせてから連れて行くっす! 念入りにやらないと、この檻を出た瞬間に全員締め殺すっすよ!」
「ぉおー威勢が良い。お前かぁ。確かにこれは念入りに弱らせておかないと噛み付かれそうだ」
兵達が鉄格子の向こうで長槍を構えていく。格子越しに向こうから一方的に痛めつけるつもりらしい。
「――待ってポックさん!」
ポックの背をフロンスが引っ掴んで引き下がらせた。そして彼の耳元で囁く。
「今
「……!」
「どうか彼を、宜しくお願いします」
歯痒い思いにポックが歯軋りを立てる。しかしフロンスの言葉を否定する事が出来無いでいた。
そしてフロンスは、ポックを押しやって前へと歩み出ていった。
「やはり私で。どうぞお手柔らかに」
「なぁーんだー? こっちのオッサンで良いのかよぉ? どうなんだぁ!?」
凄む長細い男の声に、ポック震えたまま何も言わなかった。だが壁の隅で震えていた少年が一人、縋る様な声を上げ始める。
「おじさん!」
「マッシュ……」
フロンスが振り返ると彼に向かって小さな手が伸びている。今すぐにでもその手を取りたいのを抑えて、フロンスは再びに正面を向いていった。
「どうか希望を捨てずにいて下さい。貴方の様な少年が満足に生きられない、この腐った世界を鴉紋様が変えて下さると信じて」
「決まったみてぇだなぁ! えっへへへ! さぁ格子の前に立って両手を広げろ!」
兵達が笑いながら長槍を構えていく。そしてフロンスは言われた通りにしてから静かに瞳を瞑った。
長細い男を先頭にして、長槍の穂先がフロンスへと向けられていく。
「一気にいくぞぉ……3……2…………1!」
「待て! 下民共」
「ハゥッ!!? ……この、声は……!」
突然に地下へと降りて来たその重厚な声音に、兵達は一斉に顔を引きつらせていく。
閉じていた瞳を開けて、フロンスは階段を一人降りて来る男を認める。
「また、貴方ですか……」
「ギ、ギギギ!! ギルリートサマァ!! なな、なんでなんでででで! あぶぶぼぼ!」
泡を吹いたスキンヘッドの男が、余りの緊張に卒倒する。
「おえ、おえぇ!! 何だこのすえた臭いは!」
天使の子、ギルリート・ヴァルフレアが豪奢なコートを揺らしながら、鼻をつまんでそこに現れた。
目元にマスクをしているが、これ以上無い位に嫌そうにしているのが分かる。
「俺抜きで話しを進める奴があるか! このクズ共! あぁ臭い! こんな所に俺が来なくてはならなかったのはお前達のせいだぞ!」
長槍を落とした兵達は、顔を青ざめさせながら目を丸くしていった。
ギルリートの話した通り、この件は憤ったカルクスによる独断であったのだ。それを嗅ぎ付けた天使の子自らが
「臭い! あぁ臭いぞ! ……んん? 臭いのはお前達じゃないのか!? ちゃんと風呂に入っているのかお前達!」
ギルリートに叱りつけられると、歯の無い男は口に手を突っ込みながら、一際に緊張した様子で答え始める。
「ぁあ……あぁあ……風呂に入ったのは5日前、爪を切ったのは3ヶ月前、糞をしたのは今朝で御座いますぅ……」
「バッ……! オマエ!」
長細い男が怒らせた視線を彼に送るが、眉を八の字にした歯抜けの男は極度の緊張にそれに気付かず、失禁しながら落涙していく。
「で、でもでもでも、私は歯が無いので御座いますが、それでも歯茎は毎日磨くようにと医者に言われ、つ、月に一度位はブラシで清潔に……っ」
テンパったままいらぬ情報をまくし立て続ける間抜けな男に、ギルリートの神経が逆撫でされていく。
そして青い血管を立てた額を見せながらに、天使の子は憤激する。
「こんのド不潔野郎共!! 死んでしまえ!!」
「ひぃぃい!!」
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