第189話 蠢く大地の拍動


「そんな……なん、て数……」

「こんなの……。さっきの2倍いや、3倍位の……」


 剣を落とし掛けたグラディエーターに、シクスは声音も変えずに言う。


「なにビビってんだ」

「でも、でもシクスさん! こんなの……こんなに無限に湧き続けたら!」


 泣き出しそうな表情で縋りつくグラディエーターを、シクスは足蹴にする。

 その背後で、真っ赤な瞳に炎を逆巻かせたセイルが大弓を引絞っていた。そこにある闘志はまるで緩んでいない。

 そしてシクスは頬を小指で掻いてから、獣の様な視線を彼等に向ける。


クレイスあいつが一人で殺った数だけ、俺達殺りゃあ釣りが来る」


 真っ直ぐにオッドアイを向けられた彼等はたじたじとし、声も無く驚愕の笑みを刻み付けていった。


「イカれてるよ……あんたも、充分に」

「はぁ〜? 兄貴のが百倍イカれてたからな……それによ――」

「……?」

「筋肉ダルマにあんな姿見せられちゃあよぉ……ムカつくが……ブルったぜ」

「……」

「俺達ゃ兄貴におんぶに抱っこは辞めると言ってた所だろが。アイツの胸にもその思いが宿ってたんだろうぜ」

「…………!」

「お前等はどうなんだよ?」

「俺達は……」

「だらしなく泣き喚いてここで死ぬのか? それとも殺して殺して殺しまくってムカつく人間どもを殺せるだけ殺しまくってから死ぬのか! どっちだ!」

「俺達は、お……俺達も!!」


 シクスに鼓舞されたグラディエーター達が、肉を軋ませながら咆哮する。

 ニヒルな笑みを貼り付けたシクスの口角が上がる。


「分かって来たじゃねぇか……俺も兄貴に教えられたんだ!!」


 隙間も無い程にビッシリと並んだ絶望の光景に向けて、彼等は猛りながら駆け出した。


 余裕そうに演奏の準備をする奏者達の足元を、桃色の巨大なサークルが囲う。


「お前達を焼き尽くせば……! 『煉獄れんごく』!」


 自らの足元にも起こした桃色の転移魔法に向けて、セイルは膝を着き黒い炎を送り込む。

 するとそこで、エルバートがポロンと鍵盤に指を滑らせる。


「なんでっ……私の転移魔法が全然的違いな方向に!?」


 不安定に光を明滅させた桃色の魔法陣が、あらぬ方向に移動して魔人を焼いていた。

 エルバートはハンカチーフで鼻の下を撫でながら息を着く。


「さっき言ったよね? 魔楽器からは見えない波動が出ているんだ。特にあらゆる楽器の頂点である。この僕のピアノからはねぇ」


 魔楽器の波動にあてられ、不安定になった転移魔法の座標が切り替えられていた。舌打ちをしたセイルが、改めて炎の大弓を横向きに構えていく。


「残念……じゃあジックリと焼き上げてあげる!」


 再びにオーケストラの魔楽器が鳴り始め、エルバートは心地良さそうにして涎を垂らす。


「諦めないんだねぇ……不思議だよ君達は。勇敢で格好良いよ? ……まるで理解も出来無いし……したくも無いけど、んねぇ!!」


 めきめきと体を膨張させていく千の化身が、精々百にも満たないロチアートへと怪しい瞳を向ける。


 互いに走り出し、今にも会敵する直前に、エルバートは絶叫して唾を撒き散らした。


「ねぇ終わりだよ? フィナーレだ!! 残す不安分子は終夜鴉紋ただ一人! アハーハーハーハー!! 君達が馬鹿で良かった!! ンねぇ!?」


 桁の違う戦力差に怯まずに、ロチアート達の赤い瞳が猛る。

 だが幾ら精神論を語ろうと、その結果は目に見えている。

 そしていよいよ互いの勢力がぶつかり合おうという



 ――その刹那。



 唐突にして、黒きもやが地の至る所から立ち上り始めていた。

 怪訝に思ったエルバートは顔をしかめ、沈黙を貫いていた奏者達もが口を開き始めた。


「え……」

「は……これは? なんなのだ!」

「な、なんだ!? なんだどうしたお前達!? 演奏を止めるな!」


 不穏な空気を察したエルバートが、彼等の喧騒に包まれていく。だが彼は苛烈に怒り、奏者達を叱りつけ始めた。


「ふざけるなお前達、それでもプロか! いかなる状況であれど演奏だけは止めるなと……ねぇ!!」

「あれは……!」

「有り得ない……なんでこんな、こんな所に奴等が!」

「ねぇ!! 僕の声が聞こえていないのか!! 聞こえているだろう!! 言う事を聞いてさっさと演奏を――」


 止まぬ喧騒に動揺を見せたエルバートが、一人の奏者の微かな声を認識する。


「魔物」

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