第187話 恍惚の遠吠え
再びに来た一瞬の静けさの後に、楽想は第2主題を経てコーダへと突入していく。
これまでの幾度の盛り上がりをも超越していくオーケストラが、壮大な楽曲を最高潮まで高揚させていく。
視界を埋め尽くす新たな魔人の群れが、変形を遂げて前屈みになっていく。
シクスはグラディエーター達へと目配せをしてダガーを持った手を振り上げる。
「『地獄門』!」
大門が開き、天空にポッカリと空いた巨大な虚空。そこから莫大なサイズの化物の腐乱した顔が覗く。
「一気に潰す! 俺はその間何も出来ねぇ!」
意図を汲み取ったグラディエーターが守りを固めていく。空から墜落して来る巨人の牙が奏者達へと影を落とし始める。
下降する
セイルが足元に起こした魔法陣に手を添えて叫んだ。
「『
自分達の周囲を取り囲む様にして、漆黒の炎が転移の魔法陣から湧き出した。メラメラと焼き上がっていく防壁の黒い焔に向かって、クレイスがグラディウスを投擲する構えを取る。
「『反骨の槍』――ッ!!」
巨大な形状をした槍がクレイスの放ったグラディウスに纏い、風を切ってエルバート達へと迫る。
凄まじい音を立てて、槍の放たれていった炎の奥で土煙が上がった。
確かな手応えを感じ、自信気に白い歯を見せていくクレイス。
「やったか!?」
魔人も黒い熱で焼かれてその身を悶えさせている。
だがそこでセイルが異変に気付く。
「クレイス!! まだ!!」
セイルが叫ぶのと同時に、楽想は終曲を彩る力強い音色を重ね始めた。
炎の隙間から覗くエルバートが、連打する鍵盤に合わせて、天に顔を向けながら狂乱気味に吠えている。
「ダララララララ!!!」
するとセイルの灯した炎の守りを無理矢理にかい潜りながら、魔人達の群れが一挙に押し寄せて来た。
凄まじい熱に体を溶かしていきながらも、足を膨張させたまま、グラディエーターの盾に膝を突き刺していく。
「うわぁあ!!」
「がぁっぐ!!」
円形に纏まった陣が、みるみると綻びを見せ始めていた。絶え間なく追突して来る燃える膝の連打が、盾を破壊してグラディエーターの肉を抉る。
「駄目だ……ッ破られる!!」
「何て数の特攻だ……! こんなものどう耐え忍べば……っ」
クレイスが新たなグラディウスを手に、盾に纏わり付いた魔人達を切り落としていく。セイルもまた炎でそれらを焼き払った。
「嘘でしょ……なんて数なのよ」
光の残滓を残して魔石に戻っていく魔人。しかし周囲を見渡すと、未だ自分達を取り囲む無数の光達が目に飛び込んで来た。
「『
前に出たセイルの巨大な火球が、直線上の魔人達を一気に焼き払う。しかし彼等は仲間が葬られていくのにも構わずに、その虚ろな目をセイルへと向けた。
「セイルさん! 下がれ!」
「きゃ――ッ……クレイス!?」
セイルを押し退けたクレイスに魔人達が突っ込み、膝を抉り込んでいく。
「ぁぁ……ッぐぅおお!!」
後退しながらも耐え忍んだクレイスは、血を吐き散らしながら彼等を振り払った。
膝を着いたクレイスにセイルが走り寄る。
「どうして……クレイス!」
「貴方が破れたら我々の命は……転移魔法で撤退を……!」
「うん!」
前に出たクレイスとセイルを匿う様にして、満身創痍のグラディエーター達が盾を構えていく。耳を覆いたくなる程の衝撃音の背後で、セイルか逃走の為の巨大な桃色の魔法陣を足元に展開していき始める。
「早く……セイルさん!」
「分かってる! 少し時間がいるの!」
――その瞬間。時を見計らったかの様にして。
周囲にひしめいていた光の群れが、眩い発光と共に一斉に突撃して来た。
「ァァアッ!!」
力強い楽想のテンポに合わせて全弾で特攻を始めた魔人。とにかく数で擦り潰すといった具合に、守りを固めたグラディエータを瞬く間に蹴り散らしていく。
陣形を強引に崩されると、天に顔を向けて術に集中していたシクスに向かって、魔人が膝を捻じり込む。
「――ゥぁ!! …………ッか!!」
天を埋めつくす巨人の大口が、目前まで迫ったままにその姿を消していっま。みぞおちを砲弾で突き上げられる様な衝撃でシクスは悶えながらに嘔吐を始める。
ハッとしたクレイスが、仲間を守る為に駆け始めた。
「シクス!! おのれぇ、今行くぞ!!」
逆転の一手を阻まれ、揉みくちゃになったまま、クレイスが魔人に剣を振り上げる。
「――がぁあッくそぉ!!」
それを妨害する様にしてクレイスに絡み付き始めた多勢の魔人が、彼を蹴り上げていく。グラディエーターも剣を抜いて魔人達に応戦していくが、その圧倒的な数の前にみるみると痛めつけられていくしかない。
「このままでも……とにかく逃げ――ッキャァ!!」
転移の魔法陣を完成させたセイルを、容赦も無く魔人が蹴り飛ばした。そして儚げに消え去る希望の魔法陣。
成す術も無く、圧倒的たる数の暴力に襲われる彼等が、力強く、壮大で歯切れの良い大曲のフィニッシュを聴く。
「――はぁァァァァあぁああんんッッ♡!!!!!」
鍵盤から指を離したエルバートが、奏で上げた曲の余韻にひしがれて拳を振り上げた。
そこに残される光景は、蹂躙されるロチアートと、正体不明の
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