第183話 断末魔のコーラス
魔人達の姿形が、管弦楽器の音色に合わせて変貌していく。
だが優雅で気品のある音色に反し、彼等は醜い大口を開きながら、それぞれに頭をもう一つ、肩から突き出し始める。
「ありがとよぉ! わざわざ弱点を増やしてくれて!!」
魔人の群れの中に躊躇も無く飛び込んで来た鴉紋が、その黒い腕で双頭の一つを地に叩き付ける。そしてそのまま、黒く変化した足で密集していた彼等を纏めて蹴り払った。
吹き飛ばされて幾つかの魔人はそのまま魔石へと戻るが、未だ周囲を取り巻いた異形達は動じる事も無く、その両手を左右に押し広げている。
「『
黒き雷が地に墜落し、弾け飛ぶ魔人達。しかし彼等は一向に身動きも取らず、皆が同じ姿勢で何かを待っていた。
「不気味なんだよ、何がしてぇんだ!」
鴉紋は構わずに魔人達を殴り飛ばしていく。その進撃の烈しさは何者をも止められないと、そう思われた時――
奏でられる曲が転調し、激しさを終え、静けさを奏でていく。その晴れやかで何処か神聖なる音色と共に、魔人達の体が更なる変貌を遂げていった。
魔人の脇の下から突き出して来たもう二本の腕。計四本となった腕に、細いサーベルの様な光の剣がそれぞれ握り締められている。そして魔人達は新生した赤子の如く、その目を開き、叫んだ。
「「キャァァァァァァァァァ――!!!」」
脳が震える程の共鳴であったが、鴉紋は頭を振り払って目前の魔人達を掴み、無理矢理にその体を引き裂いて捨てる。
「「キキキィィギァアアアア」」
「――――ぉわッ! んだてめぇら急に!?」
未だ軍勢となり、鴉紋を取り囲んでいた魔人達が、奇声を上げて一斉に雪崩込んで来た。そして敵も仲間も無く、その四本の腕がサーベルを乱舞する。
「クソッ!! その耳にまとわりつく声を止めろ!」
鴉紋は突撃して来る光の群れに溜めた拳を解き放ち、
「……ッぐぅ!!」
「「キィィァァあああ!!」」
思考も何も無くただネジを巻かれたからそう動いているだけ、とでも言いたげに魔人達は
「離れ…………ッァア! くそが!!」
無数のサーベルが鴉紋を切り刻み、身を案じる事もしない人形達は、構わずに突撃を繰り返した。最早彼等に感情というものは微塵も感じられない。
優雅なパートを気持ち良く奏でていたカルクスが、ヴァイオリンパートが終わったのに合わせて白い歯を見せだした。
「あれあれそんなもんなの? おやおや、終わっちゃうよ? ウフ」
その嬉しそうに弾む声を聞き、鴉紋のこめかみに血管が浮き立っていく。そして血走った目で彼を睨んだ。
「舐めてんじゃねぇぞ男女!! こんな人形何体集めても同じなんだよ!!」
目前の魔人の頭を掴み上げた鴉紋が、歯を目一杯に見せて食い縛り始めた。
「あららぁ、怒ってらぁ……短気は損気だよぉいけないなぁ」
困り顔で長い髪をかき混ぜるカルクス。
「ぉおあぁァァァッ!!!」
鴉紋は咆哮し、掴み上げた魔人の頭を両手に持ち替えながら、そのままブンブンと振り回して魔人を薙ぎ払い始めた。
「なんだいそれ……天使達をヌンチャクみたいにして。馬鹿力にも程があるよねぇ」
その無茶苦茶な戦い方にカルクスは肩を竦めていく。
「だぁぁあッ! 鬱陶しいんだよ木偶人形共が! ごっこ遊びに付き合ってる暇はねぇんだ!!」
全力で掴んだ魔人を振り回し、ズタボロになったら投げ捨てて次の魔人を掴む。闇雲にただその剛力でもって抗う鴉紋であったが、意外にも敵の数はみるみると減っていく。
「はぁぁ……ぁぁあ!! まだ残ってやがんのか!」
しかし体力の喪失も当然早く、鴉紋は肩を上下して息を荒げている。
「「キァァァァア!!」」
残された魔人達は、絶え間無くサーベルを振って飛び込んで来る。体中を薄く切り刻まれた鴉紋はそのまま応戦し、行き着く島も無い。
「――かぁッ!」
鴉紋は一度後方に飛び退くと、そのまま空で黒い腕を突き上げる。
上腕を囲う白い魔法陣が発光し、雲が弾けた。
「『
爆散する魔人。
土煙と共に軍隊を薙ぎ払い、無茶苦茶ながらも、その数をほとんど屠ってしまった鴉紋に、カルクスは口笛を鳴らす。
「アメイジング……確かに素晴らしい」
地に降りた鴉紋は、一挙に解き放った魔力にフラついて膝を着いた。だが底力を振り絞り、震える膝を叩いて立ち上がる。
「次はテメェだ。そのチャラついた顔をぐちゃぐちゃに潰してやるから待ってろ!」
「嫉妬か……嫌だねぇ下民は妬みっぽくて……まぁ僕の美貌には、鏡の前に立つと僕ですら嫉妬してしまうから、仕方が無いね」
後ろで髪を束ねたカルクスは、再びにヴァイオリンの演奏へと合流する。
静かだった曲調は再びに盛り上がり、序盤を越える大音響となって力強く大気を震わせていく。
「黒ら………っくそ!」
カルクス達に落雷を落とそうと、天に向けた右腕。しかしそこに魔法陣が起こらない。
既に疲弊しきっていた鴉紋の体は、たった二発の『黒雷』で魔力を絞り切ってしまったのだ。
「だったらこの手で殺してやるまでだ……もうてめぇらを守る人形も消し去ってやった。さぁ震えろ、俺に楯突いた事に」
鴉紋は黒い指先をボキボキと鳴らしながら、彼等へと歩み寄り始めた。
しかし我関せずと演奏を続ける管弦楽団。ただの一人も恐怖する所か、全ての者は曲の
耳を覆いたくなる程のフィナーレの最中で、カルクスは鴉紋を眺めて緩く笑った。
「確かに素晴らしいが、
「あ……!? 何を強がっている!? 貴様等は今から俺の手で――ぁっ!?」
奏者達は演奏しながら、懐から黒の魔石をばら撒いていった。その数は膨大で、積み上げられていく石は積み重なって転がっていく。
息を呑んだ鴉紋を見下し、カルクスはヴァイオリンを弾く。
そして言うのだ。壮大なフィナーレと共に。
「さぁ次は千だ! 頑張ってくれたまえよ」
爆発する様な錯覚は、千の魔石が一斉に発光を始めたからだった。
「「「キィィィヤアァァァアアアアッッ!!!」」」
そして空に高い奇声が始まり、地を震わせる断末魔の合唱となって、鴉紋を見下ろし始めた。
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