第175話 ラメント


「はぁ……終わったっす」


「うおおおおすげー!!」

「ブラボーポックさん! これ程の力を隠していたとは仰天です!」


 緊張感の無い二人が拍手を始めたが、ポックはうんざりした様子で深い息を吐いていた。


「とてつもない早業ですね! 五十もの敵を数分も経たぬ内に殲滅するなんて!」

「戦うのは嫌いっす。疲れるのも嫌っす」


 呆けた瞳に戻ったポックが、その双剣を鞘に戻し掛けて止まる。


「あ〜も〜どうなってるっすか!」


 鋭い目付きに変わったポックの視線の先で、無数の光が発光した。フロンスもつられる様にしてそちらに視線を移すと、宙に放り投げられた黒い魔石から、再びに魔人の群れが姿を現すのを目撃する。


「え……誰が……」


 地団駄を踏んだポックが、再びに双剣を構えながら泣きっ面で吠える。


「何人来ても同じっす! サッサと終わらせて休ませて貰うっすからね!」


 魔石の散布されて来た森林の奥に視界を凝らしたマッシュがフロンスの背に隠れる。そして怯えながら指で示し始めた。


「フロンス誰か居るよ! ピカピカの後ろ!」


 すると闇に紛れて朧げになっていた存在が姿を現す。


「驚いた。ここまで近付いたとは言え、家畜のガキに闇纏いを気付かれるとは」


 赤いドレスを纏った強い癖毛の女が、品のある笑顔と裏腹に、下卑た口調で踏み出して来る。


「家畜は良く鼻が効くみたい……ほほ」


 きらびやかな装飾で飾りあげられた女の背後で、ぞろぞろと黒い衣服を来た者達が現れて来た。

 これだけの集団でありながらも、まるで気配を感じ取れていなかったフロンスは驚いて目を剥く。


「気配を消す魔法ですか……して何用で?」


 女は紅を塗った口元を歪ませながら、化粧で白くなった頬に手を添えて答え始める。


「貴方達をコンサートに招待しに来たのよ、ほほ。貴方達最底辺の者達には馴染みの無い場所かしら?」

「コンサートですって?」


 寡黙な黒い集団の前に光の魔人達が集っていく。

 ポックは頬を膨らませたままその女に問い掛けた。


「何者っすかオネェさん?」

「あら、オネェさんなんて汚いお前に言われても嬉しく無いわ」


 悦に入っている女に対して、後方の者達は一言足りとも言葉を漏らさない。

 突如現れた不審な集団に三人が怪訝な表情を見せていると、女の高い地声が耳に流れ込んで来た。


「第4の都ゲブラーを守護する第14憲兵隊。そう言った方が理解が早いかしら?」

「憲兵隊? 貴方達がですか?」


 そう言うとフロンスは彼等の痩躯を見渡していく。皆が襟の付いた貴族風の衣服を着ている。先頭に立つドレスの女に関してはヒールまで履いていて、その華奢な体付きはまるで戦闘の訓練を積んだ騎士には思えない。

 彼女達はまるで、ドレスアップをして今から夜会にでも出掛けるかの様な出で立ちであるのだ。

 鼻を鳴らしたフロンスは嫌味っぽく続けていく。


「帯刀もせず騎士と言われても……歌劇団の間違いでは?」


 すると女は眉を上げ、次に緩やかな笑みを見せていった。


「泥臭い家畜の癖に、人を見る目はある様ね」


 女は長髪をかき上げてから右手を頭上に上げる。その所作は気品に溢れ、踏み出した脚は色香を感じさせた。

 するとそれを合図にした様に、後方の者達が懐からあらゆる色の魔石を取り出してみせる。


「何か仕掛けて来る気です!」

「分かってるっす!」


 咄嗟に飛び込んでいったポックを魔人の肉壁が阻む。


「そんなに早く動けたっすか!?」


 機敏な動きをする魔人は先程の様にはいかず、ポックは怪訝な声を漏らし始める。


「こ、こいつら……何か妙っす! これまでとは動きが!」


 そして彼等が手に取った魔石がそれぞれの形を成していく。

 ドレスの女は先頭に立ったまま、まるで舞台にでも上がったかの様に優雅に一礼し、胸に手を添えた。


「第14隊隊長フォルナ・ヒートニー。これより魅惑の歌劇を御覧に入れましょう」


 そして真剣な顔付きを上げ、その曲の名を告げる。


「歌劇『罪人の哀歌ラメント』鳴らせ器楽隊、私の為に!」


 完成された魔道具の数々を眺め、フロンスはポックに向かって声を上げていた。


「耳を塞いで下さい!!」


 咄嗟に後退したポックが耳を塞ぐと、魔道具によって成される器楽合奏が始まる。


 重苦しく、悲痛なイメージを抱く前奏に耳を塞いでいると、眉を寄せながらポックがそろそろと声を出した。


「違うっすフロンスさん、これは俺達に影響を及ぼす魔法じゃない!」


 耳を塞ぐのを辞めたポックは、再びに双剣を構えながら、冷たい汗と共にフォルナの美しきソプラノの声を聴く。


「これは魔人に向けられた歌っす!」


 光の魔人がみるみると姿を歪に変え、嘆き苦しむ様にその大口を開いた。

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