第174話 小柄な剣闘士

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「血になる食べ物ですか、確かに鴉紋さんは一ヶ月も寝込んでいましたからね……となると野菜や穀物では足りませんか」


 深き森の焚き火の前で、フロンスがガサゴソと食料の詰まった袋を開いている。

 するとそこにのんびりとした声が入り込んで来る。


「やっぱり肉っすかね〜。うん、肉っすよ肉」


 小枝をブンブンと振り回すマッシュの頭を眺めながら、ポックは切り株に座り込んで緩やかな空を仰ぐ。

 晴天に低い雲が垂れ込み始めている様だ。


「肉ですか……しかし鴉紋さんが何と言うやら」

「あれ、でも鴉紋様はロチアートが人間の肉を喰らう時代が来るだとか言ってたっすよ? 駄目なんすか?」


 深くシワを刻んだ表情でフロンスは唸り、顎に手をやって思案する。


「それは鴉紋さんの言葉やら……場合によっては大目玉を喰らいますよ」

「もう一つの人格とやらっすか……俺には信じ難いっすけど、確かに豹変する姿は見たっすからねぇ」


「じゃあフロンスはどっちの終夜鴉紋が好きなのー?」


 葉っぱで鼻をかむ無邪気な声に振り返ると、フロンスの険しい表情が消えて朗らかなものに変わっていく。


「どちらの鴉紋さんも好きですよ。だってどちらも鴉紋さんには変わりがないんですから」


 春風に新緑が揺れていった。


「げ……!」


 呆けた表情をしていたポックが一人、いち早く何かを察知して切り株から飛び起きる。


「どうしたのですポックさん?」

「あ〜もうなんでなんすか〜戦いたく無いからここに残ったって言うのに!」

「えっ?」


 驚いたフロンスはマッシュを手近に寄せながら、周囲に注意を向ける。

 すると森の暗がりから無数の光の兵が歩んで来るのに気が付いた。


「何なのですか? 突然湧いて出た様にこんな……」

「ホントっすよ〜周囲はちゃんと警戒してたっすからね、端から居たんなら気付いてるっす」

「ピカピカ来たぞフロンス!」


 周囲を光の魔人に取り囲まれた三人は、フラフラと歩み寄って来る敵を見据えてマッシュを背後にする。


「五十人位居るっすね。やだも〜あっちに居たのと同じじゃないすか〜、だったらあっちに行けば良かったー」

「幾ら弱いとは言っても、私には戦う術がありませんよ……」

「ん? どうしたっすかフロンスさん。何か言いたげな瞳っすね」


 子柄な青年を眺めたフロンスは、肩を落としながら溜息をつく。


「貴方あんまり強く無さそうですよね」

「確かに戦うのはあんまり好きじゃないっす。出来れば穏便にやりたい平和主義者っすから」


 とは言いつつも、ポックは冷めた瞳のまま余り動揺を見せない。

 困り果てたフロンスは一つ提案をする。


「ポックさん。死体になってくれませんか? そしたら私戦えるんで」

「フロンスさん……時折血も涙も無いっすよね」


 引きつった表情のポックが、腰に挿していた二本の長剣を抜く。

 いかにも面倒そうにする彼の背中を眺めて、フロンスとマッシュは口を開いた。


「戦うつもりですかポックさん?」

「双剣カッチョいいーッ!!」


 何処か貫禄すら帯びた彼の構えに、フロンスは少し驚いた様に口を窄め始めていた。

 そして小柄な背中に盛り上がった筋肉を見つめると、何処か頼もしくも思えて来る。


「まぁ戦うのは嫌いっすけど――」


 円形に取り囲んで来る魔人の群れに、ポックは目にも止まらぬ速度で突っ込んでいった。

 そして小さな体で宙を回り、身軽に飛び跳ねながらその双剣を華麗に振るう。


「えぇっ、ポックさん……!?」

「うおおお! スゴイぞポック!」


 フロンス達の驚嘆があった時にはもう、目前の魔人は目にも止まらぬ剣速で切り刻まれていた。

 激しい舞踊の様な動きで地に着地したポックは、数十名の魔人を一挙に屠って目を細める。


「俺、結構強いっすよ」


 何処か気の抜けた表情で耳を掻いてから、ポックは再び風の様に舞い始めた。その双剣が反射する光の残光は途切れる事が無く、縦横無尽に空を駆け巡る。


「驚きました。ポックさんがこれ程の手練とは……私も加勢したい所ですが、魔人は死骸にもならないので何も出来ません」

「使えないなフロンス」

「そんな、酷いですマッシュ……」


 光が消えて、たちまちに黒い魔石が散らばっていく。ポックは爽快とも言える程に魔人の群れを切り倒していきながら、何故だが悲痛の声を漏らしていた。


「あ〜っ! 面倒くさいっす〜〜ッ!!」


 そしてポックは宙を一回転して、最後の魔人を頭から真っ二つにした。

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