第172話 全然わからん


 緩やかな時を過ごす一団の元に、一つの叫喚が飛び込んで来た。


「来たっす! またっす! ……って鴉紋様!!? お目覚めになったっすね!?」


 慌ただしくテントへと侵入して来たグラディエーターの一人が、鴉紋の顔を見て目を白黒とさせている。

 クレイスは子柄な彼の肩に力強く手を置いて正気を取り戻させると、何があったのかを問い正し始めた。


「どうしたポック! またか!」

「そうっすよ! これで三回目っす!」


 鴉紋は一人疑問を浮かべていたが、他の面々はただ面倒そうな顔付きをしている。


「んじゃあ、ちょっくら行ってくらぁ。兄貴はここで待ってなよ」


 懐から黒いダガーをぬらりと取り出したシクスが、頭を掻きながらその場を後にしようとしていく。グラディエーター達も付いていくつもりらしく、皆が得物を取り出し始めた。


「待てシクス。奴等って何だ、敵なんだろう?」


 振り返ったシクスは天井を見上げながら「んぁー」と唸る。それは彼なりに思考を巡らせている仕草らしい。


「そうか〜兄貴はアイツら知らねぇもんな。もう三回目だぜ? 兄貴が寝てる一月の間によ」

「一月で三回……もうこの居場所が割れているんじゃないのか? 何故ここを離れない」

「ぁあ〜〜……?」


 押し黙ってしまったシクスに変わって、フロンスとセイルが口を開き出す。


「一つは傷を負った鴉紋に負荷を掛けたく無かったからだよ」

「そしてもう一つは、その敵方がどうも妙であるからです」

「妙……?」


 指を立てたフロンスに怪訝な目線を向けると、彼は堂々と語り始める。


「その敵は、まるでまともに思考をしていない様子なのです。今のシクスさんの様にね」

はらわたかっ捌くぞオッサン」


 尚も判然としないままの鴉紋に、クレイスがニッコリと微笑んだままに伝える。


「鴉紋様。奴等はそもそも人であるのか、そもそも生命体であるのかすらも疑わしい、いわば魔人の様な者であると俺は考えています」


 そこまで聞いたフロンスは満足そうに唸り、眉を上げて付け加える。


「なる程、魔人ですか。魔力によって具現化した人型の敵。確かに的を得た表現です」

「これは恐縮だなフロンスさん。奴等はただこの広大な土地を彷徨い歩き、無差別に生命体に攻撃を仕掛けているのやも知れないと俺は考えている」


 歩み合い、互いを正面に置いたクレイスとフロンスは、何やら微笑み合っている。


「そこは私と同意見ですクレイスさん」

「……ですか」

「ふむ……となると術者がいる筈ですが、何の為にそんな事をしているのでしょう……」

「我々の侵入を知り、片っ端から魔人を派遣しているか……」

「無尽蔵に量産出来る兵ならば、それも考えられるでしょう」

「そう、奴等は恐らく量産が効く。魔力で作られた魔人であるからこそ」

「……ほう」


 周りを置いてけぼりにして互いの意見を組み交わす彼等。するとフロンスは何やら顔に手をやって感極まり始めた。


「うっ……うううっ」


 マッシュが空気を読まず、フロンスの元へと走り寄っていく。


「悲しいのおじさん? どうして泣いてるの?」


 するとフロンスは啜り泣きながら、マッシュの頭を撫でた。


「嬉しいのです……よもやこの一団に身を起きながら、こんな知的な会話を出来るという事が……うぅっこんな日が来るとは夢にも……」

「泣くほど嬉しい事なの?」

「無論です……そして、私はおじさんではありませんマッシュ」

「そうかそうかフロンスさん! これから存分に語り合いましょうぞ! ワッハッハッハ!」


 フロンスが泣き、クレイスが笑う。グラディエーター達に至っては今にも拍手を始めそうな勢いだ。

 そこに一つ、首を傾げた鴉紋の声が落ちる。


「悪いフロンス。全然わからん」

「えっ?」

「えっ?」

「「「えっ?」」」

 

 フロンスからクレイスへと、そしてグラディエーター達に伝播した驚きの声が、ポカンとする鴉紋へと向けられていく。


 静まり返ったテントの中でマッシュが鼻をかんだ。


 見兼ねたセイルは、困り顔をしながら鴉紋の元へと歩み寄り始める。


「一度見てみた方が良いのかも……」

「あぁ、連れていってくれセイル」

「良いけど、鴉紋は見てるだけだからね! 絶対戦ったりしちゃ駄目なんだから!」


 狼狽したシクスが、セイルの展開し始めた桃色の魔法陣に踏み込みながら眉を寄せる。


「まだ体ボロボロなんだからなぁ兄貴。帰ったらすぐ飯にしよう」

「ええ!? 本当に鴉紋さんを連れて行くのですか!?」

「悪いなフロンス。俺は聞くよりも見た方が理解が早えんだ」

「じゃあフロンスとマッシュはここで待ってて」


 桃色の魔法陣からフロンスとマッシュが出ると、軽快な足取りでグラディエーターのポックもついていった。


「ポック?」

「俺も残るっす。この人数の飯準備するのも大変っすからね。ちなみに場所は北北東の二百メートル先っすよ」


 子柄なグラディエーターは仲間達へと微笑みを向ける。

 辺りは桃色の発光に包まれて、セイルの転移魔法が発動していく。


「血になる様な飯にしてくれよなー! 頼むぜマッシュ!」

「うん、分かったよシクス!」


 彼等の姿はサークルに吸い込まれ、たちまちに消え去った。

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