第165話 地獄の予感
二の手を構えようとするシクスの肩に、フロンスが触れていた。
「私がやりますシクスさん」
「おっさん」
フロンスは手近の死骸を一つ紫色のサークルに包み、眼前に構えた拳の立てた親指と小指を反転させる。
「『
全身の筋肉を過度に膨張させながら雄叫びを上げたサハト。
「ボァァア――ッギァァアアアア!!!」
筋繊維が破れる程に過激に地を踏み抜いていくのに合わせて、破裂する様な足音がけたたましく駆けていく。
そしてフロンスは白い歯を見せて嘲る。
「その長い鎖の中に入ってしまえば、恐れる事はありません!」
爆炎の下のピーターは呆気なくモーニングスターを放り捨て、懐からアイアンナックルを取り出して両手に装着する。
「ァァァァアアアアアアア!!!」
冷静な所作をする彼の頭上に、サハトが飛び上がった――
「爆砕魔法『
落ちて来る牙を剥いた死人に向けて、ピーターはそのナックルを怒号と共に振り上げる。
「どぅおらああああああ――ッッ!!」
野太い声と共に、その拳がサハトの顔面に炸裂する。するとナックルの触れた部分が猛烈に爆ぜて爆炎を上げた。
「ギァアアアばぁあ――――!?」
吹き飛んだサハトの顔面。横たわる体を足元に見下ろし、ピーターは手首を振って起爆したナックルに冷たい息をかけていく。
「相変わらずアッツいわねこれ……でも、腕はそこまで
油断しているピーターに、フロンスが吠える。
「まだです!!」
顔面を吹き飛ばされたサハトが立ち上がり、リミッターの切れたその豪腕でピーターへと掴み掛かろうと大手を広げた。
「フン――ッ!」
「……ッ……!!」
同じ様に諸手を広げたピーターが、サハトと掌を組み合わせている。人間が無意識に掛けている脳のリミッターを外して、張ち切れんばかりに筋肉を膨張させるサハト。しかし同じ様にしてピーターの体も更に隆々と盛り上がっていく。
「サハトを力で止めた……? 何故ただの人間がそんな事を出来るのです!?」
みちみちと肉を軋ませたピーターがフロンスへと顔を向ける。余りの力みに鼻血を出しながら、眉を上げて愉快そうに笑い始めた。
「まさか、肉体強化魔法――!? しかしサハトに拮抗するまでの強化など!」
ピーターは産まれ持って人間離れした肉体を備えていた。そのベースから更に鍛え積み上げた体に、練度の高い肉体強化魔法を発動すれば、脳のリミッターを外した一兵士ですらをも凌駕する膂力を得る。
「オォおぅらあああぁあ!!!」
ピーターが膝をぶち込んでサハトを宙に浮かせた。そして舞い上がった存在目掛けて拳を溜める。
「『
「――――っ!」
爆熱に粉砕された肉塊の雨。それを浴びながらピーターは黄色い髪を整えていた。
「何故ってアナタ……」
キッチリと整えられたのか、本人にしか分からない髪型を揺らして、彼はフロンスを見定めた。
「鍛えまくったからに決まってんでしょうがッ!」
理解不能な事象に出くわしたフロンスは、彼を見上げたまま、だらし無く口元を開く。
「全く……私に野太い声出させるんじゃないわよ……」
悠然と踏み出して来たピーターに対峙する様に、セイルが前へと出て行く。
「『
横向きに構えられた炎の大弓。そこに表れた漆黒の炎の矢じりを見ると、流石のピーターも危険を察知した様子を見せる。
「それは少しマズそうね……小娘二号」
「そこを退け、私は鴉紋の元に行くんだ!」
ピーターが足を止めて髭を撫でていると、背後で猛烈怒涛の光が巻き起こったのに全員が気付く。
「「――――――っ!!?」」
そのエネルギーが鴉紋とダルフの元で巻き起こっているのは明白である。
凄まじい波動を受けながら、リオンは彼を思い囁いた。
「ダルフ」
セイルもまた、愛しの彼に想いを馳せてその眩い光景に目を細める。
「鴉紋」
衝撃の波動に嵐が巻き起こり、景観が乱れ、足元が荒んでいく。
強く地に足を着けて踏み耐えていなければ、身体毎吹き飛ばされしまいそうな風圧。それに体を浮かされたリオンであったが、ピーターが彼女を掬い上げていた。
――やがて光が収束していった。
「……ぇ」
そこに残った光景を見て絶句したセイルの手元から、炎の大弓が消えていく。
「鴉紋……あも…………」
パクパクと口をモゴつかせながら、セイルは体を震わせて、魂がそのまま抜け出してしまいそうな位に虚脱した瞳を落とし始める。
フロンスとシクスもまた、肩を震わせ始めていた。
「兄貴……」
「そんな、鴉紋さんが……」
ダルフの膝下に崩れた鴉紋に、彼等は衝撃を禁じ得なかった。
対してピーターはダルフに振り返り、輝かしい位の笑みを見せていく。
「やったのねダルフくん……流石だわ」
息を呑んだナイトメアの面々。
しかし風の凪いだその場に一人、凍り付いた表情のままに冷や汗を垂らす少女が居る。
「あんたどうしたのよ小娘?」
妙な気配を孕んだリオンを、ピーターは怪訝に窺う。
事の本質を見抜く視界を持って、リオンは一人、次に起こる波乱を予感していた。
「来るわダルフ……」
そして彼女にしては珍しい、怯える様な表情を刻みながら、微かにこう言い残した。
「……
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