第156話 継承せしは忌まわしき

 *


 飛び上がってから振り下ろされた鴉紋の右腕。それをダルフのクレイモアが中段から捉える。互いの翼が空にはためき、その衝撃に火花が飛び交う。


「鴉紋ッ!!」

「ダルフ!!」


 額を突き合わせる激情の眼。その鍔迫り合いを制したのはダルフであった。


「――――ハァッ!!」

「――っぐ……」


 両腕で振り抜かれた渾身のクレイモアに、鴉紋の右腕は弾き飛ばされる。

 明らかに膂力を増している男に苛立ちながら、やや距離が出来たままに鴉紋は口を押し開いた。


「人間を守る為、強くなったとでも言うか? 勇者を気取ったお気楽野郎」


 鴉紋はまだ右腕しか黒色化させていない。その右腕の上腕を、白き魔法陣が取り囲み始める。


「勇者だと? 守る者も救えず、この掌から溢れ落として来ただけの俺が?」


 ダルフは眼前に持ち上げたクレイモアの刀身に左手を沿わせていく。すると鉄サビの様であった巨大な刀が、白き雷光をその身に留め、眩い発光を始めていく。


「『黒雷こくらい』!!」

「エンチャント――『絶雷ボルトノヴァ』!!」


 空から降り落ちて来た黒き雷霆らいてい。かつてダルフの身を引き裂いた黒き稲光いかずちを、はち切れんばかりの輝きを纏ったつるぎが叩き割る。

 周囲に飛散した落雷に、地が舞い上がる。その中心に静かに佇んだダルフが、クレイモアの切っ先を前方に向け、閃光の様に鴉紋の元に飛来していた。


「が……っ!」


 白き二枚の翼に推し出されて来たクレイモアの剣先を、鴉紋は右手に握り込む。推しやられていくエネルギーに背の混沌で抵抗するが、膂力で勝るダルフがそのまま引き摺って突っ込んでいく。

 地に鴉紋が踏ん張った軌跡が伸びていった。


「この……ガキ――ッ」


 自らの力負けする光景に、鴉紋は憎々しい思いと共に眼下のダルフを見下ろす。


「鴉紋!! お前に問わねばならない事がある!!」

「黙れッ!!」


 鴉紋の左手が黒く変化していき、肉薄するダルフの喉へと伸ばされていった。


「図に乗るんじゃねぇッ!」

「――くっ!」


 ダルフがクレイモアを振り抜いたのに合わせて、鴉紋は巨大な岩壁にその身を叩き付けられた。壁は崩れ、全身は軋みを上げる。

 がらがらと崩れ落ちた石塊を吹き飛ばして、鴉紋が立ち上がった。両腕を黒く変貌させた男の額から、赤い血液が垂れている。

 その正面にダルフは降り立って言った。


「鴉紋。かつてお前は俺に、人とロチアートは同じだと、そう言った」

「…………っ」


 呆然と立ち尽くした鴉紋は、その時の光景をありありと思い起こしながら、鼻筋にシワを立て始める。


「あの時否定したお前の言葉が……今の俺には少し理解が出来る」


 白く発光するクレイモアをグルリと回しながら、ダルフはそれを肩に担いで鴉紋に歩み始める。


「黙れダルフ……それ以上口を開いたら貴様の口を喉まで割いてやる」


 静かに憤る鴉紋に、ダルフは続けていく。


「だが、お前は今、ロチアートを救う為に人類に牙を剥いている。……お前が同じだと言っていた、その人間を虐げている」

「ダルフ……貴様――!」

「少なくとも、あの時のお前は人間とロチアートの共生を願っていた筈だ。それが……何故だ!」

「…………ッ!!」


 互いの距離が縮まっていく最中、鴉紋は左手で頭を掻き混ぜ、ボサボサになった髪の下に力んだ掌を下ろしていく。


「……?」


 どういう訳なのか鴉紋はその左手から黒色化を解き、顔に被せた肌色のままの指の合間から、過激な瞳を一つダルフに差し向ける。


「そんな甘言に、何時まで夢を見ているつもりだ……」


 息を荒くしていく鴉紋が、全身を震わせながら呻いていく。

 彼は痛みに悶えているのでは無い――内から這い出して来ようとする、何かを抑え付けているのだ。

 そして鴉紋は語る。


「貴様の言っているのは絵空事だ。人と赤い瞳の共生はもう不可能だ。心の内では互いが互いを蔑みながら、憎み合っている。その深い軋轢あつれきを埋める事は、最早……っ」

「鴉紋、貴様……」

「……っ……ならば選ぶしかあるまい……より大切な、守るべきがどちらか……その為に滅するべきも」


 ダルフは足を止め、少しの間瞳を瞑る。


「俺はかつて、民を守る為に天使の子を切り捨てた。今だってそうだ、毒の蔓延を防ぐ為、ラル・デフォイットを見限った」


 セフトと決別を決めたその日に思いを馳せて、ダルフは黄金の眼を開いていく。


「時に人は選択をしなければならない。より大切な方を見極めて、悪を定めなければならない。でなければ守るべきを救えなくなるという事を知った」


 鴉紋は俯くと、そのに右の拳を固く握り締め始める。

 そしてダルフはクレイモアを腰の前に構え、こう言い放った。


「人とロチアートの共生は叶う。俺が叶えてみせる。だがその為に

 ――お前が邪魔だ、鴉紋」


 鴉紋の捨ててしまった思いを、ダルフが継いでいた。

 そのむず痒くなる程の忌々しさ。かつての自分を眺めているかの様な心地の悪さに、鴉紋は白目を真っ赤に充血させて激憤する。

 そして煌めくばかりの正義に向けて、静かに、邪悪に言い残す。


「虫唾が走る」

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