第149話 助けて……たすけてよ、助けて、ねぇ助けて!たすけて僕をたすけてね、助けてタスケテタスケテたすけて

   *


 それからリンドは、唯一の友と心を通わせながら成長していく。

 二人は都で鉄屑をかき集め、リンドの義手の制作に取り掛かり始めた。何度も何度も失敗を繰り返し、あぁでも無い、こうでも無いと話し合いながら、油まみれになって鉄を組み合わせる日々。

 相変わらずリンドをイジメ、なじる輩は大勢居たが、何時だってラルがボロボロになりながら彼を守った。そしてリンドと共に油まみれの日々を過ごし続ける。

 やがて二人は一本の義手を完成させる。二人で作り上げた継ぎ接ぎだらけの不格好な義手。正直に言って、とても実用的とはいえない代物であったのだが、喜び勇んだ彼等は早速それを装着して固い握手をした。共に作った証に、その前腕のプレートに四葉のクローバーの刻印を刻んで。


 迫害を受けながらも友という理解者が出来、順風満帆とは言えずとも有意義な日々を送り始めた十二歳の年。

 不幸にもロードアイ家を更なる窮地に追い込む事件が起きてしまった。

 ホドの騎士である父が、修練中に高名なる貴族、アイルット家の騎士を死に追いやったというのだ。剣の修練中に執拗に相手の体を斬りつけて死なせたと。

 しかしその実、それは鍛錬中に起きた不慮の事故であった。アイルット家の騎士が患っていた心臓の病がリンドの父との修練中に運悪く発症したのだ。しかも心臓の拍動は即座に止まり、天使の子の力による再生も叶わなかった。

 無論無罪を主張したリンドの父であったが、名家の貴族を相手取ってロードアイ家を擁護する者が居る筈も無い。

 結果として騎士が死んだのは修練の際に付けられた外傷が原因とされ、ろくに調べられもせずに責任の所在はロードアイ家へと課せられる事となった。


 多額の賠償金の支払いを命じられ、憲兵隊を除名されたロードアイ家。

 財は根こそぎ奪われて、もぬけの殻と化した邸宅。

 没落貴族といえど騎士の家系であるロードアイ家に、平民はこれまで良い顔をして来た。しかしそれが一転して悪人を見るような目付きに変わっていった。これまで援助をして来た者も含め、助けを求めても誰も彼等に手を差し伸べようとしない。

 張りぼてだった関係性が浮かび上がる。向けられて来た微笑みが幻影であった事を悟る。

 僅かな資金を引っ張り出して食料を買いに出ても、殺しをした忌まわしい没落貴族に食料を売る商人は居ない。相場の数倍の料金をチラつかせる事でしか、生きる為の糧すらもが得られない。

 やがて資金は尽き、ロードアイ家は貧民さながらの様相となる。痩せこけながら数枚のボロ切れを着回す彼等を見て、都の民は大口を開けて笑う様になった。


 全ての民が殺人鬼の家系に白い目を向け、彼等が破滅していく様を愉しんだ。

 ただでさえ芳しく無かった状況が、もう取り返しがつかない程に破綻していった。

 悪しき方角へ向けて、何もかもが変わっていく。人が、街が、都が、ニヤけた面を引っさげて、ロードアイ家の滅亡を秒読みしている。


 ――変わらなかったのは、ラル・デフォイットただ一人だけだった。


 ラルは今迄と変わらずにリンドに会いに来た。沢山の鉄屑を持って、また義手を作ると笑って。

 ロードアイ家の食料を、ラルが代わって街に買いに出掛け始める。

 そんな事をしていると、今度は平民のデフォイット家までもが非難の目を浴びる様になっていく。

 ラルの両親も、もうロードアイ家の人間と関わるのをやめる様にと彼をキツく咎めた。

 けれどラルは両親の目を盗んでは、またロードアイ家の邸宅の門を叩いた。

 日毎に傷の増していく体を隠し、爛漫な笑顔を見せながら。


 二人は草の伸びたロードアイ家の庭で遊ぶ。義手を組み、ゴーレムを現して。敷地内に居れば誰も彼等の邪魔をしない。過激な迫害の事も忘れ、そこでなら二人はかつての様に笑い合える。

 ラルとこうして笑い合えるなら、リンドはこの過酷な日々も耐え抜けると思った。

 ただこうして何時までもラルと笑い会える毎日を、リンドはささやかに願い続けた。


 そんな健気なリンドの願いに気付き、ラルはロードアイ家を迫害する貴族を、その権力を憎み始めた。

 けれどその憎き権力に抗うには、自らにもまたその権力が必要であるという矛盾した摂理に、ラルは幼いながら気付いていく。

 そして自らの生まれを呪う。


 ――僕がもし貴族の生まれなら、リンドに振り掛かる火の粉はこれ程では無かっただろう。僕に権力が、誰にも負けない権力があれば、リンドを……


 ラルは何故なにゆえにリンドに対して無償の慈愛を注ぎ続けたのか。

 その答えは不明の一言に尽きる。

 ただし、当人達でさえ無自覚であったその事象に客観的な推論を立てるとすれば、その現象は――――


 性別を越えた慕情に似ていた。


 ゴーレムが踊り、義手が軋む。ラルとリンドは手を絡ませて笑う。

 その荒れ果てた庭は、二人の最後のサンクチュアリだった。


 ――――しかし、二人だけの楽園は直ぐに崩壊する。


 ある夕刻の事であった。不穏な報せを聞いたラルは、夕暮れを背景にして昇る黒煙に向かって走っていた。

 息を切らして街中を駆け抜けていき、火炎を囲む人だかりで足を止める。


「はぁ、はぁッ……はぁっ……」


 燃え上がるロードアイ家の邸宅の前で、ラルは酷く動揺したままに拳を握り締めていた。


「……なんで、…………どうして?」


 ごうごうと滾る灼熱を瞳に反射させながら、ラルは愕然として佇む。

 野次馬達が口々に騒ぐ。


 ――アイルット家の報復らしい、家紋を付けた奴等が数人踏み込んで行ったって……

 ――何故憲兵隊が来ない、遅過ぎるだろう。

 ――この都一の名家に手を出したんだ。憲兵隊も丸め込まれてるに違いない。

 ――恐ろしい。俺達目撃者も口をつぐんでいなきゃあ、どんな目に合うか……


 さっきまでリンドと遊んでいた庭が燃えている。伸び切った草が熱にひしゃげて赤く揺らめいている。


「何をしたって言うんだ……」


 口元をパクつかせながら、ラルは瞬きもせぬままに灼熱の涙を頬に伝わせる。


「リンドが……一体何をしたって言うんだ……!」


 親友の辿る命運を思い悲観に暮れるラルが、荒々しく人混みを掻き分け始めた。

 ラルの存在を確認した民が囁き合う。


 ――おい、デフォイット家の者だ。

 ――ロードアイ家に肩入れしてたっていうあの? 

 ――アイルット家に楯突いたんだ、あの子もどんな目に合うか。

 ――平民が貴族に逆らった罰を受けるだろう。


「どいつも、コイツもぉ……ッ!!」


 木が張り裂ける音を立てながら、2階の窓が熱に耐え切れなくなって割れる。

 それと同時に燃え盛る邸宅の正面玄関が内部から押し開かれていた。

 縄に縛られたリンドとその両親が庭に投げ捨てられる。そこに身なりの良い十名の騎士が目尻を吊り上げながら続いて来た。

 その姿を視認したラルは、抜身のロングソードを見つめて失望する。


「騎士……これが、僕の目指していた騎士の姿か」


 憧れが失意へと変貌する実感に、唇を噛んで流血する口元。アイルット家の騎士達が縛られたリンドの両親を足で蹴り転がしながら、鬼の様な面相でロングソードを振り上げた。


「剣で殺された父のかたき! 炎で死なせはしない!!」


 苛烈な瞳の若い騎士が、リンドの父の背を突き刺した。くぐもった声で呻く父に、リンドと母が絶叫する。

 野次馬達もまた、見せしめの様なその凄惨な処刑に絶句し始める。


 ――アイルット家の子息達だ!

 ――当主を殺されたんで怒り狂ってるって聞いたが、ここまで……っ


 怒りに囚われたアイルット家の騎士達が最早正気で無い事は誰の目にも明らかだった。背後の大火でシルエットとなった四人の影が、地に転がったリンドと母にも迫り始める。そして激しい口調で言い放つ。


「偉大なる父を殺された我等の痛み、これしきの事で晴らせるものかッ」

「その忌まわしい血筋の根絶によって、我等の願いは成就される!」

 

 騎士のロングソードが、鈍く炎の光を照り返している。

 ラルは目前で繰り広げられる恐ろしい光景と、おぞましい四人の騎士に怯んで動けなくなっていた。

 まだ少年であったラルにとって、怒りと狂気に取り憑かれた四人の騎士達は、紛う事の無い巨悪でしか無い。

 その熱に近付けば、自らが焼き焦がされるという直感に足を竦ませながら、ラルは恐怖に取り込まれたままにリンドを見た。

 

「――――――ッ!」

「ラル……たす…………」


 うつ伏せになったリンドが、ラルに向かって義手の手を伸ばしていた。


「リ、リンド……でも、僕だって……」

「ラ……ル…………」

「僕だって怖いんだ…………いつも、そうやってお前は……僕に!」

「………………助け……て…………」

「ッ…………ぁあ…………ぁぁああああっっ」

「助けて…………ラル」


 ラルに向かって指し伸ばされたリンドの義手が、騎士の足に踏み付けられて粉々に砕けた。


「――――――ッ!!」


 クローバーのプレートが舞い上がるのを見て、ラルはリンドと苦心しながら義手を作り上げたその日々を思い出す。そして――――


「うわぁぁああああ!!!」


 肌に粟を生じる恐怖を振り払い、ラルは決死の表情でリンドに向かって駆け出していた。


 ――リンドは何時だってそうだった。イジメられる度にラルに助けを求め続けた。

 ――ラルは何時だってその声に応えて来た。敵がどんなに強大でも、見返りも無くその手を取り続けて来た。


 その逆は一度として無かった。


「うわぁあぁぁあ!! リンドを離せッ離せぇええ!!」

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