第148話 差し出された唯一の手
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リンドはホドの都で、没落貴族の騎士の家系に生を受けた。長らく子孫に恵まれなかったロードアイ家の人間は、ようやく神より賜った子孫に歓喜し、繁栄を喜んだ。
しかし産まれて来たのは、片腕を欠損させた男児であった。
返り咲きを夢見たロードアイ家の人間は、その姿を見てガックリと肩を落とす事となる。再びにロードアイ家の名に栄光をもたらすのに、欠陥のある人間では不十分であると考えたのだ。
結局その後も子宝に恵まれず、親族は一人、また一人と消え行くだけの家系の名を捨てていき、やがてロードアイ家の人間は、リンドとその両親だけとなった。
それでもリンドの両親は、片腕の無い我が子を愛した。都の騎士とはなれずとも、一人の男子として立派に育ってくれれば良いと、ロードアイ家の繁栄など度外視して、両親はリンドに愛を注ぎ込んだ。
けれどそれは、力がヒエラルキーに直結するここ、ホドの都に置いては嘲笑の対象でしか無かった。
リンドが都に出ると、人々はロードアイ家の顛末を噂し、後ろ指を差して笑う。
リンドが一人で居ると、少年達は力を誇示する為だけにリンドを殴り、痛め付けた。彼の事を
この泰平の世であっても、人々は弱き者を迫害し続ける。それが人間の醜い野生であるかという様に、どれだけ平和となっても、人は人をこき下ろして笑う。
そんな辛い少年期の
8つになったリンドは、一人マーガレットの茂る丘にしゃがみ込んでいた。くせ毛を揺らす彼の足元では、小さなゴーレムが陽気に踊っている。早くから発現していた土魔法の人形が、彼の唯一の遊び相手であった。
「おい、居たぜ。ロードアイ家の化物だ」
声のした方角へと、リンドは竦んだ瞳を向ける。ゴーレムは怯え、土へと還っていった。
「あの化物にとどめを刺した奴が勇者だ」
よれた前髪の隙間から見上げた丘の上に、少し年上の少年が5人、微笑してリンドを見下ろしていた。
「う、うわぁ……っ、何? 何するの?」
「うるせぇ腕無し、今から化物退治するんだよ」
拳を鳴らして、少年達はリンドに向かって丘を駆け降りて来た。頭を抱え込んで震えるリンドを、少年達が取り囲む。
「やめて、また暴力する……の? 僕が何したの?」
「そんなひ弱な事言っている奴は、絶対に騎士になれねぇぞ」
「俺達はお前を鍛えてやる為にここに来たんだ!」
「やめて、僕は……暴力なんかしたくないんだ……騎士にだって、なりたくない」
「騎士になりたくないだって!? あの栄光の騎士にお前はなりたくないって言うのか? っはははー!」
「男の癖に、何甘えた事言ってるんだ化物! ははは!」
一人の少年がリンドの髪を掴み上げて頬を殴った。
「――いたっ!」
このホドの都では、少年は皆騎士に憧れ、幼い頃から栄光を目指す。それが当然の事であり、男の責務であるとする風潮がある。それが故に、リンドの様に内気な少年は嘲笑の対象となるしか無かった。
「騎士になりたくないだって? そもそもお前の様な腕の無い化物が騎士になれる筈か無いだろ!」
「痛い!! やめて……ッ」
少年達はリンドに暴行を加えていく。倒れた彼の腹を、頭を蹴って得意気な顔を突き合わせている。
「化物が!」
「化物!!」
「醜い化物!」
リンドの顔面が打たれ続け、みるみると腫れ上がっていく。切れた口内から血が溢れ出す。欠損した肩の付け根を指先で捻り上げられていく。
「痛い……やだよ、やめて…………痛い!」
助けを請いながら涙を流すリンドを見て、少年達は笑う。
「あっははは! やだよ〜やめて〜だってよ!」
「女々しい奴め! 男なら戦え!」
「腕の無いお前が悪いんだ、お前が弱いからハハハ」
「ぼっつらく貴族ーのロードアイ〜っハハハ! お前の親を恨むんだな、そんな体でお前を産んだパパとママを」
体を笑われ、心を笑われ、親までもを馬鹿にされて、リンドは泣くしか無かった。力無く啜り泣くだけで、言い返す事すらも出来無かった。
「――――――やめろお前ら!!」
マーガレットの甘い香りを乗せて、丘の上から落ちて来た声があった。
長い前髪をそよがせる黒い衣服の少年。幼きラル・デフォイットが丘を走り出していた。
「弱い者がイジメられてるから守る……! それだけだ!」
「なんだぁ平民デフォイット! 何か文句があるのかよ!」
「――――ッある!!」
駆けて来たラルは、そのままの勢いに任せて一人の少年をぶん殴った。
「やりやがったなラル!! 平民の分際で俺達貴族に!」
「貴族がなんだ!!」
「やっちまえ! デフォイットをぶっ飛ばせ!!」
目前で少年達がもみくちゃになって殴り合い始めた。リンドらそれを唖然としながら見上げる。
たった一人で、5人を相手取りながらタコ殴りにされていく見知らぬ男。その男は痛みも忘れたかの様に、殴られても蹴られても反攻を続けた。
リンドには理解が出来なかった。何故始めて出会った人間が自分を助けるのか、そんなに痛い思いをしながら、どうして自分の為に闘うのかが。
「いぎゃあぁ! こいつ、噛み付きやがっ……ッいってぇ!!」
「このぉ! 離れろ小汚い平民が!」
数人に突き飛ばされたラルが、よろめきながら口元の血を拭う。そしてボコボコになった顔面で、少年達に吠えた。
「ッまだやるか!!」
ラルに噛み付かれた少年の一人が、泣きべそをかいて血の流れ出す腕を抱え込んでいる。取り巻きの少年達も、その様を見て怯んでいた。
「くそっ! 覚えてろよラル・デフォイット! お父様に言いつけてやるからな!」
少年達は一斉に走り去って行った。そこに残されるリンドとラル。
「……なんで僕なんかの事…………」
腰を抜かしたままのリンドが、たどたどしくラルに尋ねる。ラルは答えずに、ボロボロになった体を起こしながら、リンドの目前にまで歩み寄って来た。
「……ん」
そしてニッコリと笑いながら、腰を落としてリンドに手を差し出した。薄い青の瞳を向けるラルの背後の蒼天から、輝かしい陽光が見える。
リンドは思わず彼の手を取っていた。
力強く握り締められた手に、グイと引っ張り起こされるリンド。未だキョトンとしていると、気丈に振る舞っていたラルが涙目をしている事に気付く。
「僕はラル・デフォイットだ」
「ぼ、僕は……リンド。リンド・ロードアイ」
「ロードアイ? じゃあやっぱりお前があの……」
「うん……腕無しの、化物さ」
「……」
「さっきは、ありがとう。でも、もう君は僕に関わらない方がいいよ」
「……なんでだ?」
「僕といると、君もひどい目に合うよ……だから――」
「僕がお前を守ってやる。弱い者を守るのが、本当の騎士だ」
自分よりもずっと傷だらけになったラルを、リンドは羨望の眼差しでジッと見上げていた。
そして赤らめた頬をして微笑みあう。
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