第146話 頭が割れるように痛え


 毒の霧の中を、フロンスの操る死人達が歩み始める。歪な銀翼から液体を滴らせるラルが、丘の中腹で屍達に包囲されていく。


「頼みますよ、サハト」


 一斉にラルに飛び掛かっていく死人達が、爪を立て、歯を剥いてなだれ込む。


「『銀鎖』!」


 ラルの足下の銀溜まりが広がっていき、そこから巨大な鎖が幾本も現れて死人達を縛り上げ、バラバラに引き裂いていく。

 一網打尽にされていく死人達は、その数の圧倒的優位を持ってしても、ラルに近付く事も叶わない。


「数では駄目か!」

「うるぃギィいい!! 痛い辛い苦ジィいぃ!!」


 自らの吐く毒に冒されながら、ラルは感じたままの感覚を叫びながら嘔吐し、顔を強張らせていた。


我が手に癒やされるエロヒム……ッ」


 起き上がったリンドが手元に土色の魔法陣を起こして、ラルに差し向けた。


「ラル――――ッ」


 ラルの足下の土がせり上がって、彼を球体に包み込む。


「お前も俺に攻撃するのかッリンドぉ!」


 土の塊を銀の鎖が破り、空に遡っていった。

 そこに橙色の瞳が現れると、敵意を込めてリンドを射貫いていく。


「死ねぇ!! リンドぉおお!!」


 極太の鎖がリンドに向けて解き放たれて来た。その場にはセイル達も居る。一挙にその鎖で勝負を付ける腹積もりらしい。

 ――そこにグラディエーター達が前へと飛び出していた。


「『反骨の盾』!! ――ぐぅおおお!!」


 クレイスを筆頭に展開された防御魔法。それが辛うじて銀の鎖の進行を止めたが、その衝撃に膝を震わせている。


「鬱陶しい家畜共め!! お、おぁ、……ぼぅええ――!!」


 血管を浮き上がらせながら、ラルはまた嘔吐し、瞳を充血させて体を九の字に曲げる。

 隙を見たクレイスが、手元のグラディウスを肩の上に構え、ビキビキと全身を力み上がらせる。


「――――『反骨の槍』!!」


 彼は半透明の巨大な槍を、ラルに向かって思い切り投擲した。グラディウスと共に風を切っていった槍が、ラルの体を貫いて吹き飛ばした。


「――ごぅぅばあぁァァッ!!?」


 悲鳴を上げて丘を転げ上がっていったラルが、地に伏せて動かない。

 その様を見て、シクスがクレイスを叱責し始めた。


「だぉぁあ!! 殺すなって言ってんだろうがクレイスてめぇ!」


 しかしグラディエーター達はより一層緊迫した面持ちで、皆で構えた盾の守りを堅く作り上げていく。そしてクレイスは仲間から一本のグラディエーターを受け取りながら、シクスに振り返っていた。


「奴は死なない。心臓を丸毎吹き飛ばすでもしない限り」


我が…………手に癒やされるロヒム


 ラルの手元が発光して、ねっとりとした銀翼が空に広がり始める。そこに立ち上がった泥塗れのラルが、憤怒の面相をして吠え始めた。


「イデェイデェイデェイデェイッデエエ!! 良くもやりやがったな貴様ァァ!! 奴隷の分際で、この天使の子にぃぃメェエア!!」


 痛い痛いと喚きながらに、まるで亡霊の様に何度でも蘇って来るラルに一同は固まっていく。

 そうしている間にも、死の霧は彼等に迫っているのだ。

 ラルの押し広げた歪な銀翼から、無色透明の液体が滴り、蒸気となって霧散していくのが見える。


「ァァァァアア゛ッ!!! 痛ぇ痛えイデェエッ!!!」


 ラルが銀翼を広げて、宙に浮き上がり始めたのを見て、シクスは咄嗟に技を繰り出していた。


「『げん』――――!!」


 紅蓮の空から、割れた大地から、あらん限りの異形が湧き出してラルに襲い掛かる。


「頭が割れるぅ、気分が悪ィ!! 吐き気が、吐き気…………目が霞んで…………ぁぁ、アギャアアアッ!」


 頭を抱え込んだラルの周囲に鋭利な銀が飛び交う。ラルはろくに異形達を見もせずに、しっちゃかめっちゃか、錯乱しながら水銀を振り回している。


「くそぉ! 俺の化物達じゃ止めらんねぇぞ!」


 激しい攻撃に異形達は近付く事も出来ずに刻まれている。


「私に任せて!」


 セイルが炎の大弓を現して、横向きに構えた。そして手元に漆黒の炎の矢じりを創造しながら、ギリギリと弦を引き絞っていった。


 すると同時に、リンドとフロンスが声を荒げた。


「駄目だ!」

「セイルさん! 炎は――っ」


 解き放たれた漆黒の矢。それが大気を震わせながらラルの銀翼へと差し迫った。


「――――伏せて!」



 ――――漆黒の炎が、ラルの吐き出していた可燃性の蒸気に引火して大爆発を起こした。

 爆風に景色は様変わり、火炎が彼等を包み込んでいく。

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