第二十五章 慕情。掠れた輪郭に獣慾
第144話 銀毒
第二十五章 慕情。掠れた輪郭に獣欲。
墜落して来た白き閃光。
ダルフの背から伸びた白き翼が、彼を推し進めて行く。雷撃が拡散しながら強烈なエネルギーを放出していく。
その波動に周囲に咲き乱れるマーガレットは掘り起こされ、地盤は沈んでいった。
「――――ッアモン!!」
彼の握るクレイモアが、鴉紋の黒き右腕に食い込んでいく。そのまま切り落としてしまいそうな程に――――ッ
「丁度良い……貴様にっ聞きてぇ事があるんだよなぁッッ!!」
鴉紋の背で、張り裂ける様に暗黒が爆発する。そしてそのままクレイモアを受けた右腕を振り解く。
「――――ッく」
押し返され、天に投げ出されたダルフが、再びに翼を広げて鴉紋に追突していった。激しい白と黒の稲光が混じり、もつれ合い、衝撃を周囲に振り巻きながら、雷鳴を轟かせていく。
クレイモアを掌で握り込んで止めた鴉紋に、ダルフは目前から鋭い眼光を向かい合わせる。
「奇遇だなッ俺も貴様に、問い掛けたい事があるッ!!」
そのまま強引にクレイモアを振り抜いたダルフ。想像以上のパワーに弾き返さた鴉紋が、空中で体制を整えて着地する。
「――――ダルフッ!!」
一進一退の激しい闘いに、息をするのも忘れていた者達が目を覚まし始める。
中空で白き雷と黒き雷がぶつかり合いながら上昇していく。その様を見上げながらに、ラルは愕然として爪を立てて頬を引っ掻いていた。
「なんで……反逆者……死んで…………なんで、魔女、ロチ、アー……ト」
誰よりも痛みを恐れ、敬遠するラルが無意識に自傷行為をしていた。彼は今、喚くのを忘れる程に煮え滾り始めた憤怒にわななき始めていた。
「馬鹿に、して……僕を…………おれ、俺ッ様を、どいつもこいつも!」
ふらふらと立ち上がったラルに、ロチアートの戦士達がいち早く気付いて声を上げる。
「逃げるつもりかラル・デフォイット! この臆病者め、逃がさぬぞ!」
茫然とした目付きをしながら、ラルは激しく頬を掻きむしったまま、勝ち誇ったグラディエーター達の瞳を見下ろす。
「グラディエーター……」
そしてそのままリオンを、空を駆けていくダルフを眺める。
「反逆者に……ロチアート…………ロチアート、ロチアートッ!!」
無心にかき回される頬から血が垂れ始めた。そんなラルの不可解な様子に気付いたリンドが、ゴーレムと共に彼に走り寄り始める。
「馬鹿に……しやがって……どいつも、こいつも!! コノォ!! 栄光の天使の子っラル・デフォイット様ヲ!! バカにしやがってェエエッッ!!!」
ラルは黒のチュニックの懐から何かを取り出して、眼前に掲げた。
そこに陽光を照り返す黄金の筒がある。
「――――ッッは!」
丘の上に立ったラルを見上げて、騎士達は顔を蒼白にして絶句し始める。
彼等の視線の先――ラルの手元には、陽光を照り返す黄金の筒がある。
「お前らが悪いんだ……お前らが悪いんだからなっ!? 俺様を、こんなにも小馬鹿にしたオマエラが!」
筒の頭に手を掛けたラルに、騎士がどよめいていく。
「やめるんだラル!! それを使えば、僕や騎士達だって!」
必死に止めるリンドを睨み付けながら、ラルはその手に力を込め始めた。――その筒の内部にある何かを取り出す為に。
正体不明の黄金の筒。そこに迸る禍々しい何かに、リオンが身震いしていた。
セイル達もまたその異様な気配に気付き、丘の頂上に立つラルを見上げる。
「ミンナ、死んじまエっっ!!」
鼻息を荒くしたラルが、正気ではない目付きをしながら黄金の筒の頭に力を込める。狼狽する騎士達に構わずに、その蓋はキュポンと音を立てて外れた。
セイル達が物々しい喧騒に注目する。クレイス達ですらもがラルの取り出したその黄金の筒の正体が分からず、ただそこに注視を始めていた。
――――ラルが逆さまにした黄金の筒の内部から、滔々と、止めども無く銀色の水が垂れ落ち始める。
肩を震わせ始めた騎士が、悲鳴を上げながら一斉に逃走を始めた。
「何なんですか?」
フロンス達は固唾を飲んでその光景を眺めるしか無い。リオンもまた、その謎の液体の正体を掴めずにいた。
――その小ぶりの黄金の筒が貯蔵していたにしては余りにも膨大な量の銀の水が、トロトロと、粘り気を持って地に水溜りを作っていく。やがて黄金の筒が輝く液体を吐き出すのを止めるのを確認すると、ラルはそれを投げ捨てた。
ラルは銀の水面に佇みながら、細い翼を広げていく。
――そこに飛び込んで行ったのはロチアートの戦士達である。
「勝手な事はさせんぞ人間め!」
「積年の思い! 痛め付けてくれるぞラル・デフォイット!」
丘を下り始めたラルに向けて、屈強な二人のグラディエーターが飛び掛かった。
「――――ッぼ……」
「うッ」
ラルの足下の水面が瞬時に鋭利へと変化して、二人のロチアートを宙釣りにした。そして息つく暇も無く、大口を開けて彼等の全身を銀色に呑み込んでしまった。
クレイスが目を見張っていると、瞬く間に消え失せていった二人の仲間が、銀に塗れた姿で吐き出されて来た。
「これは、なんだ……銀?」
死に絶えた仲間の体にまとわりついた物を見下ろして呟くクレイスに、セイルが続く。
「ヨフエの短剣に似ている」
呟いた彼女に、シクスが真剣な面持ちで問い掛けていく。
「そりゃあ、神遺物とかいう胡散臭ぇ奴かよ? あの水が?」
彼等のその声に答えてみせたのは、意外にもゴーレムと共に佇むリンドである。
「――違う! 確かにあれはミハイル様より賜った神遺物だが、ヨフエ様の持っていたヘレヴ・ヤフキエルよりも、もっとずっと危険な物だ!」
フロンスは彼の敵に塩を送る奇怪な言動に対して疑問を持って聞いていた。
「どうして貴方が我々にそんな事を教えるので?」
するとリンドは表情を曇らせて、溢れんばかりの冷や汗を彼等へと見せ始める。
――そして言うのだ。
「
後方で黙して聞いていたリオンが怪訝な表情を見せる。そしてリンドは続けた。逃げ惑う騎士達を横目に、ゴーレムをより巨大に変化させていきながら。
「あれは自在に変幻する水銀であり――――毒だ」
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