第143話 今、相見える。激情と熱情
クレイスのその声を聞いて、鴉紋の表情がストンと落ちた。そして鼻から大きく息を吸いながら、驚嘆して目を剥いていく。
彼の足元でわなわなと震えていたラルもまた、瞬きする事も忘れて口をパクつかせ始めた。
「魔女……魔女が、ロチ、アート? …………は?」
鴉紋は動揺するラルに静かに告げる。
「そこで待ってろ」
そして背から伸びた一枚の暗黒を空に伸ばしていく。
魔女の赤く灯った左目を、未だ判然としない様子で眺めるセイル。
「魔……眼? あれが、私達の魔力を打ち消したって言うの?」
「私にも……未だに何が起きたのかが分かりません。だが確かに、彼女の視界に写り込んだ死人達との魔力の繋がりを断ち切られている様です」
ロチアートの戦士達と共に肩を震わせ始めた二人に、シクスが振り返っていた。
「ビビってんじゃねぇお前ら!」
「……っ」
しかし彼自身もまた冷や汗を垂らし、緊迫した空気に襲われているのが分かる。
「あの女はヤベえ。確かにとてつもねぇ妖気を孕んでいやがる。……だがな――――」
心を奮わせながら紡ぐシクスの言葉。彼が言わんとしている事が、以心伝心してロチアート達に共感をもたらす。
「うちの兄貴は、もっとずっとヤベえだろうが」
天から地に突き刺さる黒き雷光が、シクス達とリオンとの間に墜落する。
その衝撃に後退りながら、彼等は力強く、禍々しい鴉紋の背を羨望する。
「……驚いた」
鴉紋を凝視したリオンが、そう呟いて足を止めていた。そうして今度は一転し、鴉紋の方が悠々と彼女に寄っていく。
一度も振り返らない鴉紋の背には、一縷の情すらもが感じられない。これまでと違い、ロチアートと対面する彼のいからせた肩からは、破壊という衝動のみが迸っている。
左足を引き摺って上下する頭。まだ黒色化させているのは右腕のみである。そんな邪悪な心の内を、リオンはじっと眺め続けていた。
「ダルフに似ている」
リオンは世界から悪夢と呼ばれる存在の心に、ダルフと酷似した精錬で清らかなものを視る。
2つと無いと思っていた美しき宝石の様な形。それが意外にも、最悪の存在の心で煌めいている。
――ただしその清純な心の背後には、途方も無い程に邪悪なものが拍動している。
「――――ッ」
リオンはかつてミハイルの心を眺めた時、その計り知れないエネルギーに、視界を光で埋め尽くされた。
あんな事は始めてであった。彼が人とは異なる崇高な存在である事が嫌という程に焼き付けられた。
「通りで……
今はまだその全貌は見えてはいないが、それと類似したパワーが、鴉紋の心に取り憑く様にして見え隠れしている事に、リオンは静かに息を呑む。
「いけない……もう一人の方が……」
様相を変えていった事態で、鴉紋は顎を上げて魔女を見下ろす。
リオンは足元から氷を展開して、先程死人の足を止めた技を鴉紋にも忍ばせる。
「……駄目か」
鴉紋は背の暗黒を地に突き立てながら、自らの周囲にチリチリと黒い雷火を纏う。対象の足元をも即座に凍てつかせるリオンの氷が、近付く事も叶わずに割れて、侵攻を止める。
更に先程からリオンの左目は彼を捉えている。けれど、この世界の住人達と体内の魔力回路の作りが根本的に異なる鴉紋の魔力は、その対象にはならないらしい。
未だ表情らしいものを見せないリオン。それを真っ直ぐに見下ろしながら、鴉紋は足を止める。
リオンを正面から見下ろしながら、鴉紋は口元を歪めながらに黒い指先を押し開く。その瞳には迷いが無く、明確な殺意のみが宿っている事にリオンは気付く。
「どうした……遊ぶんじゃ無かったのか?」
鴉紋が背の暗黒を広げ、顔を力ませながらに憤激すると、それに呼応する様に、細い闇の稲光がリオンの周囲に落ちる。空が鳴き、地が抉れていく。
「例えロチアートであろうと。俺の道を阻む者は握り潰す」
ポーカーフェイスを続けるリオンに、鴉紋は一歩踏み出していった。自らの邪魔をするロチアートを、その手で殺す為に。
「あなたと遊ぶのは私じゃない」
「……は」
魔女の雪解けの様に微かな声に、鴉紋は目元を歪ませながら、開いた口元から赤い舌を垣間見せ始める。
「テメェ以外に誰が遊んでくれるんだ……」
鴉紋が振り返ると、未だ腰を抜かした姿勢のラルがガタガタと震えながら涎を垂らしている。
「あのザコ天使か?」
シクス達の後方でリンド達が歯をカチカチと鳴らせながら呆然とした顔付きを見せている。
「それとも……腰抜けの騎士共か? ……くっく」
粘付いた口調を披露しながらに、鴉紋は再びにリオンに向き直り、その涼しげな顔に邪悪な笑みを向ける。
「…………」
しかし、リオンはピクリとも動かずに押し黙っている。まるで伝えるべき事柄はもう終えている、といった具合で。
「……?」
魔女の様子に奇妙な感覚を覚えた鴉紋は、ふと天を見上げる。
「……」
シクスの能力で赤く変貌した空には、何も映っていない。風は凪いで、物音の一つすらもない静かな天空。
鴉紋は上げていた視線をゆったりと足下に向けると、そのまま顎を戻し、次に噛み殺すかの様に激怒した面相で眉間にシワを寄せ始めた。
「…………っち」
物音も止み、皆が静観する最中にて、鴉紋が一つ、忌々しそうに舌打ちをした。
その時――――
――――爆裂的な雷鳴が絶望の空を割って、白き閃光が鴉紋に降り落ちた。
「「――――――ッッ!?」」
先程まで向かい合っていた両者を除き、全ての者はその襲来に虚を突かれ、みるみると瞼を押し上げるしか無かった。唐突に巻き起こった熱き衝撃波に黙して耐えながら、その存在を唖然と眺める事しか――
腰を落として踏み耐えながら、地をメキメキと陥没させていく鴉紋の押し上げた右腕の先に、鈍色で極厚の刀身がめり込んでいる――――
背から伸びた2枚の白雷が、神の怒りの如き激しい瞬きと共に噴出されて、地獄の空を割っていく。
輝きを帯びた瞳が闇を射貫き、滾る
相克する破裂せんばかりの轟音と衝撃を目前に、リオンは悪魔を押し潰していく、金色の絹の様な髪のはためきに囁く。
「遅いのよ……ダルフ」
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