第142話 鬼さんこちら


「魔女ぉおおっ!」


 ラルが手を伸ばし、リンドと騎士達は運良く死を逃れた事を実感する。

 クレイスは眉間にシワを寄せながら、彼女の名を口にした。


「リオン……さん」


 それを聞いたシクスが、クレイス達をチラリと見やる。


「リオン……誰だそりゃあ。て言うかお前らも誰だ、このムキムキ野郎共」


 フロンスはソッとシクスに耳打ちする。


「さっきセイルさんの言っていたグラディエーター達ですよシクスさん」


 セイルが素性を知っていそうなグラディエーター達へと問い掛ける。


「何なのあの女は?」

「あの人は、ダルフさんの仲間の魔女です」


 シクスが鬱陶しそうに頭をボリボリと掻き始める。ダガーを持った手で危なっかしい。


「かぁあーッだから誰なんだよダルフってのは! 俺の会った事のねぇ奴等ばっかり!」


 ピクリと眉をひそめたフロンスが、その名に頭をもたげ始めた。


「ダルフ? 二度も死んだと聞いた男の名ですよ?」


 セイルはフロンスの見せた嫌気に同調しながら、聞いたままの言葉を口にして、視線を落とす。


「ダルフ・ロードシャインの能力は、『不死』らしいよ」


「「――はぁッ?」」


 声を重ねたフロンスとシクスに、クレイスが付け加えた。


「だがダルフさんは恐らく、まだ死んだままだ」

「死んだ、生きたと何なんだよ!? 蘇るって事か!?」

「あぁ、今は死んでいるが、蘇る」

「ぁあ! わっけの分かんねぇ奴ばっかり!」


 混乱して来たシクスが吐き捨てる様に言って頭を振った。


「何れにしても……」


 フロンスが言うと、死人の群れは髪を払いながら歩んで来るリオンへと向きを変える。


「彼女は我々の敵であるという事です」


 数千にも及ぶ呻き声が、ただ一人の怪しげな女へと歩み始める。けれどリオンは冷めた面相を崩さずに、その足を止めない。


「押し潰しなさい。サハト」


 フロンスの号令で駆け出した死人の群れであったが、リオンの足元から発生して範囲を広げている氷に、足を凍てつかせて止まる。


「稀有な氷魔法にこの練度……厄介ですね」


 言いながらも、さして動揺した様子の無いフロンス。凍り付いていく死人の群れの中を、リオンはコツコツと靴を鳴らして近寄って来る。


「俺がやるぜオッサン」


 赤き空から爛れた肉の化物がリオンに腕を伸ばす。


「氷なら私の炎で溶かし尽くす」


 セイルが炎の大弓を横向きに構え、黒き矢の標準を胡乱うろんな少女へと差し向ける。

 ――――勇み足気味の三人に、クレイスは声を荒げた。


「それだけじゃないんだ――ッ!」


 リオンは歩む速度も変えず、目を瞑ってその渦中へと飛び込んで来る。魔女の妖美な長髪が、さらさらと巻き上がって流れ始める。


「……餓鬼をころして――――」


 透明感のある美声で、魔女は唄う。

 怪しげな足取り。陽炎かげろうの様に霞み、ゆらめく。

 ――醜悪な腕に、漆黒の矢じり。迫る脅威、その熱波に、妖艶なる相貌が露わとなる。


「…………わたしと遊――――」


 唄が終わった――――その瞬間。赤き発光が景観を貫いていった。


「「――――――ッ!??」」


 フロンスが、シクスが、セイルが自らの目を疑う。

 衝撃の拡散による風圧が白き花弁を散らしている。


 三人が目撃したのは、魔女の正面に迫っていた絶望が忽然と消え失せて、死人も異形も熱の温度までもが、まるで夢であったかの如くに消滅しながら、そこに一人残った赤き隻眼の女であった。

 唖然とした三人に、クレイスは叫ぶ。


「彼女は魔眼を持つだ!」

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