第121話 激情の天使の子
「こん……の!! この……汚らわしい家畜め! 僕の言う事が聞けないのか!」
ラルが右手に作った拳を石の壁に叩き付ける。
「イヅッタアアアアアッ!!!」
その痛みに耐え切れず、仰向けになって転がり回るラルを騎士がオロオロとして気遣う。そんな有り様を眺めて、リオンは思わず息を吹き出していた。
「うっふふ」
「笑うなぁ魔女ぉおおお!!」
するとそこで、地下に戻っていた台座が吊り上がって来て、一人の男がダルフの居る闘技場へと現れた。
そこに立っていたのは巨大な鉄球を抱えた男。第22隊隊長、ファルロ・キシゲドンであった。そして浮かない顔をしながら歩み始める。
「信じられん。貴様ロチアートの肩を持つのか? やはりナイトメアと同じでは無いか、反逆者」
ファルロの再登場で民は声を上げ、ラルもまた嬉しそうに満面の笑みを見せていた。そして天使の子は命じる。
「殺れファルロ! そいつを完膚無きまでに叩き潰して肉塊にしろ!」
片方の眉を上げて微笑むと、ファルロは頷いた。
「なぁ、元騎士隊長さんよ。あんたまさか、ロチアートも人間だ……なんて言わねぇよなぁ?」
自信気に顎を上げ、堂々とした佇まいでダルフを見下ろすファルロ。
「終夜鴉紋みてぇによ……あん?」
鉄球を肩に担いで、悠々と歩いて来る男を見つめ返すダルフ。返答の無いのに構わず、ファルロはズイズイと近付いて来る。そして全身に血を浴びた様になった男を足元から眺めた。
「随分と殴られるのが好きみてぇだな……俺にも一発殴らせてくれや」
巨大な鉄球の槌を両手で持ったファルロが、それを頭上にまで掲げ、ダルフを見下ろした。そして鼻を鳴らして満面の笑みを作り上げると、思い切りそれを振り下ろした。
「――――ナッ?!」
ファルロの一撃は、ダルフの片手で持ったクレイモアに止められていた。反動で手を痺れさせたファルロが思わず一歩退きながら、不敵な笑みを止める。
「この……俺の鉄球を、片手で止める、だと?」
「ファルロ・キシゲドン。貴様の一撃では軽過ぎる」
「ッはぁ!?」
「そんな一撃では、終夜鴉紋には届かない!」
ファルロは激昂しながら、歯牙をむき出しにする。
「この俺の一撃が……軽いだとぉ!!? もっぺん言ってみろ反逆者ぁ!!」
ファルロは渾身の力を込めて鉄球をブンブンと振り回し始めた。そして遠心力に任せ、ハンマー投げの要領で回転速度を上げていく。
余りの回転数に、足元の土煙が舞い上がっていく光景を見ると、民が声を上げ始める。
「出たっ! ファルロ隊長の大技! 回転爆撃打! あれを喰らって無事でいた奴は一人もいねぇんだ!」
「あれを喰らった奴がどうなるか分かるか? 余りの威力に、爆散したみたいに全身バラバラになっちまうんだよ!」
「あの技を出されたら終わりだ! 何者だって止められる奴がいないんだ!」
ファルロが歯を見せながら一歩踏み込み、横薙ぎの一撃を解き放った――――
「砕け散れ!! 回転爆撃打ッ!!」
ファルロの渾身の一撃によって土煙は晴れ渡り、次の光景を民は鮮明に見る事になった。
「――――かっ!? ……家畜ぅう!!」
ダルフの前に飛び出して来たクレイスが、その身を持って騎士隊長の大技を止めていた。
技を受けた盾は崩れ、そのまま砕かれた左腕に怯まず、彼は決死の形相をして残された肩と胸と顔面、残された右腕を鉄球に押し当てている。
騎士隊長の大技を、家畜がビタリと止めてしまった光景に、民は絶句していた。
「おんのれぇえ!! ッづぅええイッ!!」
プライドをへし折られたファルロが、鉄球を抱え込んだ形のクレイスに前蹴りを喰らわせて吹き飛ばした。そのままダルフの元にまで転がって来たズタボロの戦士をダルフは抱き止める。
「クレイス! 何故こんな……ッ」
するとクレイスはすぐ間近にあるダルフの相貌を赤い瞳で見上げながら、緩やかに笑った。
「分からないんです……俺にも、分からないんだ……」
気を失ったクレイスを、ダルフはそっと地に横たえてからファルロに向き合う。
「敵を見誤るなファルロ」
家畜に大技を受けられ、小馬鹿にされた様な心持ちとなったファルロが、咆哮しながらダルフに駆け寄って来る。黄金の
「お前の敵は俺でも、ロチアートでもない! 民の為打倒すべきは、終夜鴉紋ただ一人だろう!」
「かぁぁあ!! 黙れぇえ!!」
ファルロが鉄球を振り上げる。しかし血を流し過ぎたダルフの体は最早まともに動く事が出来なくなっていた。
鉄球がダルフの肩に振り下ろされる。
「――ぐっ!」
「見たかぁ反逆者!! このファルロ様の強烈な一撃を!? さっきまでのは全部まぐれなんだよ!」
ダルフは蒼白の顔を上げながらも倒れない。今にも飛び掛かってやろうというファルロの気迫を受けながら、ダルフは声を荒げて訴える。
「驕るなファルロ! 真の敵を考えろ! 協力しなければ、ナイトメアを倒す事は出来ない!」
鉄球がダルフの腹に炸裂し、吹き飛ばされる。壁に打ち付けられて血を吐きながら、ダルフはふらふらと立ち上がり、項垂れた前髪の隙間から前方を窺う。
「貴様は……何の為には騎士になった? 誰の為に? 何をしたくて!?」
「うるせぇぇ黙れ!!」
「かつての煌めきを忘れるな! 民を、大切な人を守る為じゃないのか!?」
走り込んで来たファルロがダルフの顔を蹴り上げると、4階席でリオンが怪訝な表情をして、動揺を始めた。
「やめて……やり過ぎよダルフ。何を考えているの?」
滅多打ちにされ、虚ろな視線を投げるダルフの頭上に、鉄球が振り上げられていた。しかし彼はまだ目前の騎士に訴え続ける。
「死ねえい!!」
「……お前達の敵はっ終夜鴉紋だろうッッ!!」
振り上げられた鉄球は、振り下ろされずに静止していた。やや落ち着きを取り戻したファルロが、ダルフの言葉に耳を傾け始めているのだ。
血に濡れたボロ雑巾の様な姿のダルフは、膝を付いて俯いたままに続ける。
「民草を守る為に騎士はある。……民草を守る為にすべき事は、俺やロチアート達を痛めつける事じゃない」
「……黙れ、反逆者の言葉などっ」
「終夜鴉紋は、想像を絶する程……に醜悪で、凶悪な力を持っている……俺達に出来る事は、団結して、奴を打ち滅ぼす事だ。奴はもう、すぐ側に来ている」
「…………」
「それがこの都、の民を守る、唯一の手だ……ろ。でなければ都は陥落し、多くの民が……」
大きく息を吸ったファルロがラルを見上げる。するとそこに、冷酷な表情でもって、突き立てた親指をゆっくりと地に向ける姿があった。
「……ちっ」
それが死を意味するジェスチャーである事を、ファルロは知っていた。故に彼は若干の躊躇いを覚えながらも、鉄球を振り下ろす事を決めた。
ファルロを見下ろしたリオンが一足早く彼の殺意を感じる。そして必死にダルフに呼び掛け始める。
「どうして反撃しないのダルフ! 殺されるわ!」
リオンの声に、消え入りそうな声でダルフは答えた。
「駄目だよリオン……彼もまた、民を守らんとする騎士なんだ」
棍棒のように太い腕で振り上げられていた鉄球が、ダルフの胸に振り下ろされた。
心臓毎胸を潰されたダルフが、地に叩きつけられて跳ね上がる。
戦慄の光景に、民は言葉を失った。そしてファルロが忌々しそうに呟く。
「ふん……気分が悪ぃ」
『けっちゃぁぁあく!! 反逆者ダルフ・ロードシャインは無残な死骸となったぁあ!!』
歩き去っていくファルロに声を返したのは、ラル・デフォイットただ一人である。
「っヒョぉー! 僕にデカイ口を叩いておきながら、何て有り様だぁあー!! イーヒヒヒヒヒ! 良くやった、良くやったぞファルロ! 喜べ! 民よもっと声を上げろ!!」
何処か気の抜けている民達の歓声が起こったが、すぐに消えて、まばらな拍手が残るだけだった。
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