第122話 氷の魔女
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ファルロが地下へと戻って行くと、何人かの騎士が闘技場へと現れて、虚空を眺めるダルフの体を引き摺っていく。事切れたクレイスは、闘技場の隅に投げ出されたままだ。
それを見下ろしているリオンが、静かな口調でラルに問い掛ける。
「彼を何処に連れていくの?」
腹を捩りながら笑うラルが、涙目でリオンに答える。
「決まっている! 反逆者は首を切り落として晒し首にするのだ! 我等の力を誇示する為に! あ~ハッハッハ!」
感情の窺い知れないままに振り返ったリオンの、フードの下の漆黒の長髪が風に流れていく。
「なんだ、何か文句があるのか魔女? 愛する存在を目前で殺されて、怒っているのか?」
ラルの挑発的な言葉を受けて、顔を俯けて影を作ったリオンがそっと囁く。
「返せ」
「はぁ? もしや、貴様も俺様の意向に背くというのか魔女?」
「……」
リオンがラルに背を向けて、地下へと続く階段の方へと歩み始めると、取り巻きの騎士達が彼女に抜身の剣を差し向ける。
「何処へ行く! ラル様の命に背くのか!」
騎士達を前に立ち止まったリオンが次に言い放った声音には、彼女にしては珍しい、怒気が込められていた。
「私のダルフを――――返せ」
彼女の深く被ったフードが外れ、長髪が足元から吹き上げ始めた凍てつく空気に膨らんでいく。
彼女の周囲が、凍える程の冷気に包まれていく。魔力の発生を感じた騎士の一人が、いち早くリオンに剣を振り上げた――
「――――カッ、あ……」
その騎士は剣を振り上げた姿勢のままに
一同が腕を振り上げたままに横たわる騎士を見下ろす。彼は薄く透明な氷に包まれて動かなくなっていた。リオンの足元から発生した氷が、みるみると広がってその場を満たしていく。
「謀反だぁ!!」
声を上げた騎士達が一斉に彼女に飛び掛かかろうとしたが、彼等は誰一人としてその場を動けなかった。
「いつの間、こ、氷で足が固まっ……!」
もがく彼等の足元は既に凍り付き、地面から動かない。みるみると透明度の高いクリスタルの様な氷が彼等の体を覆っていく。そうしてすぐに顔を青ざめさせた彼等は氷に侵食され、オブジェの様に動かなくなっていった。
地も壁も天井も、瞬く間に青い冷気に包まれていく大寒波の光景。残った騎士達がラルを後方に押しやって前に立つ。
「これ程に練度の高い氷魔法など……」
「一瞬で固まってしまうぞ! その氷に触れてはならんぞ!」
「早く増援を呼べ!」
騎士達の後方で匿われるラルが喚く。
「なんて愚かな魔女だ! すぐにここに騎士達がなだれ込んで来るぞ! 既に死んだ男の為に、お前も死ぬと言うのか!?」
リオンが静かにラルの方に向き直り、どうでも良さそうにして髪を払う。
「私は簡単に殺す事が出来るわ」
そして酷く冷徹な印象を与える声で言うのだ。
「ここに居る民も、騎士も、お前ですらも、簡単に」
彼女の周囲に渦巻いていく青い冷気が激しさを増し、周囲の騎士達を凍らせていく。突然の寒波に見舞われる彼等に成す術は無い。
怖気の立つ程の彼女の有り様を眺め、ラルは思わず呟いた。
「氷の……魔女…………」
ラル達の居る特別席の異変にトッタが気付いて声を上げ始める。
『なんだ!? なんだなんだなんだ!? 次は何が起こっている! ラル様の居る特別席が、青い大気に包まれていくぞ!?』
リオンが興味を失った様にラルや騎士達に背を向けて、闘技場を見下ろし始めた。
「……だけど、そのやり方ではダルフは喜ばない。彼の為にもならない」
青い冷気を纏うリオンが、吹き抜けの4階席から身を乗り出して、眼下に氷の階段を創造する。恐れおののいた民が散り散りとなって道を開く。
「待て魔女何処へ行く! 逃げ出す気か!」
氷の階段へと踏み出しながら振り返ったリオンに、一人の騎士が火球を放つ。しかしその攻撃は彼女の発する怒涛の大気に霧散していった。
「逃げる? 違うわ。
『氷の階段から見知らぬ女が降りてくる! 特別席をカチンコチンにしたのも、この女で間違いないだろう! ラル様の身が心配だ!!』
ラルは翼を震わせ、歯軋りしながら氷漬けになった騎士達へとステッキを向ける。
「
光に包まれて、騎士達が氷を破って息を吹き返す。ラルの独特な形状のステッキによって実行される
「誰かあの魔女を止めろ!! 誰でもいい! あの女を止めろ!!」
髭や髪を凍らせたままの騎士が互いを見やるが、誰も声を上げようとしない。その様子にラルの怒りは激しさを増す。
「怯えているのか!? 栄光の騎士達がなんて有り様だ! 聞いているのか!? おいテメェら!」
すると何処からか女の声があった。
「ラル様! その命、このニータ・アルムにお任せを!」
階下から駆け上がって来ていた女騎士、ニータ・アルムがラルの前に跪いた。
城内でリオンに激しい視線をぶつけていた女だ。
胸元が大きく開き、随所に赤い文様の入った甲冑を身に着ける髪の短い女は、手に銀のムチを携えて、ラルに凛々しい瞳を向ける。
「ほう、我が第23隊隊長の貴様なら、あの魔女を葬れるというのか?」
「無論に御座います!」
ラルは怒りを鎮めながら息を吐くと、多少落ち着いた様子で続けた。
「俺様は強い女が好みだ……お前があの魔女を打ち破ったならば、今宵、愛でてやろう」
瞳を吊り上げながら薄く笑むラルの言葉に、表情を輝かせるニータ。
「それはなんて素晴らしいのでしょう……偉大なる天使の子からの寵愛を受けられるなんて……女として、至上の喜びです」
銀のムチを持って立ち上がったニータが、闘技場へと向かって踵を返すと、ラルがその背に付け加える。
「魔女は殺すな。あれは俺様のお気に入りだ」
その言葉にニータは振り返らず、ただ、ぎりぎりと音の鳴る程に強烈な歯軋りを始めた。
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