第118話 力を示せ


『決着ーーッ! さぁ! 生き残った強者が、強き者の血肉を取り込み、更なる力を得るッ!』


 行き着く暇もなく実況の言葉に目を見張ったダルフ。ファルロがメルドットの胴体を引っ掴み、腕からその身を貪り始めたのである。

 拍手喝采の民。

 ダルフは訳の分からぬ蛮行に言葉を失いながらも、ひと呼吸置いて再びラルを問い詰め始める。


「どういう事だ!? 故意の殺害は禁じているんじゃないのか!?」


 ラルは黄金の杯を口元で傾けながら、流し目でダルフを睨む。


「勇猛の儀は別だ。生き残るのはただ一人。残った者が敗者の血肉を取り込み、より強靭な肉体を成す」

「そんなまじないの為に殺すというのか!?」

「雄同士が公平に闘った結果だ。無論、敗北すれば騎士が喰われるのだ。決死の闘いの結果に野暮な口を挟むな」

「公平だと!? 今の男はまるで闘う気もなく敗れ去った! まるで何かから圧力を受けている様に!」


 その言葉にラルは瞼をピクつかせた。取り巻きの騎士達が過激な口調でダルフに詰め寄る。


「何を言うのだ! 我等の神聖なる儀を侮辱するつもりか!」

「家畜にワザと負ける様に仕込んであると言うかっ! 聞き捨てならん! それは我等栄光の騎士を愚弄する発言だ!」


 ダルフは歩み出て来る騎士に真っ直ぐと視線を向けながら、毅然とした態度で口を開く。


「ならばこれまで、一度でもロチアートが騎士を打ち負かした事があったのか!」


 騒ぎを嗅ぎ付けた騎士が、わらわらと特別室へとなだれ込んで来る。


「ある訳無かろう! 訓練された栄光の騎士達が家畜なんぞに!」

「それが仕込みをしている証拠だとでも申したいのか!? もういい、切り伏せろ! 我等の勇姿を疑うならば、その謀反者を切り付けて力を示すのだ!」


 騎士達は憤激しながら剣を抜いた。抜刀した騎士が益々と数を増やしていく中、ラルが忌々しそうに口を開いた。


「待て貴様等。俺様はミハイル様に言われているのだ……この日陰草と手を組めと。今ここでこいつを殺してしまいたいのは俺様も同じだが、それではミハイル様の言いつけを破った事になる」


 ラルに言葉を返す騎士は一人としておらず、物々しい空気は膠着状態となる。ダルフと騎士達の激しい視線が交錯し続けている。


「デカい口を叩く前に、貴様も闘技場に降りて力を示せ」

「は?」

 

 騎士達は抜刀した剣を戻し、啞然としたダルフを憤慨しながら取り囲み始める。


「何を呆けている日陰草? 力も示せぬ輩と共闘など出来る筈が無いだろう……。連れて行け」

「やめろ、なんのつもりだ!? 俺は無為にロチアートを傷付ける事などしない!」


 騎士達がダルフを強引に担ぎ上げて引っ張っていく。


「待って、私も行くわ」


 連行されていくダルフに付いて行こうとしたリオンを、ラルのステッキが止めていた。彼女の眼前に捻じれた杖の先端が差し向けられている。


「待て魔女。力を示すのは一人ずつだ」

「……」


 それに動じる訳でもなく、リオンは黙って踵を返しながら、持ち上げられたダルフを窺う。

 ラルは自らの背後で吊し上げられるダルフに向けて、妙に嫌味っぽい声音で一言付け足した。


「最も……弾みで死んでしまった場合は知らんぞ日陰草。それは故意ではなく、事故なんだからなぁ」


 悪意に満ち満ちたラルのその言い草によって、リオンには、どういう訳なのかダルフの『不死』についてが、ミハイルの口から伝えられていないという事が分かった。


 ******


 ダルフは石の階段を下って地下室へ担ぎ込まれ、乱暴に放り投げられる。

 苦悶の表情を落としていると、今度は後ろ手に手首を拘束された。

 コロッセオの地下室は、戦士達の控室となっている様だった。広々としているが陰鬱な薄暗い空間に、傷付いたロチアート達が横たわっている。皆深い傷を負い、地下控室には低い呻き声が反響していた。浅く断続的な呼吸をする者や、体を痙攣させ始める者も放置されたままになっている。


「立て!」


 強引に引き起こされたダルフは、背後の騎士に訴えた。


「危険な状態のロチアートもいる! 早く手当をしないと命を落とすぞ!?」

「黙れ! 家畜の事など知った事か!」


 無理矢理に背を押しやられて歩んで行くダルフを、ロチアート達が横目に眺めている。

 程なくして、闘技場へと繋がる吊り上げ式の台座が見えてきた。しかしそのすぐ脇に先程鉄球で頭を潰された戦士、メルドットの無残な亡骸があり、その周囲を各々の装備を身に着けたロチアート達が囲んで、掌を組んで祈りを捧げている。

 ダルフはさっさとその台座へと乗せられそうになるのに抵抗して、メルドットの周辺に集まるロチアート達へと声を投じた。


「君達教えてくれ! その男は何故死を選んだんだ!? どうして全力で闘わなかったんだ!?」


 騎士達が強引にダルフを台座へと乗せようとするも、踏ん張って抵抗する。

 兜を外し、不安げな面持ちをした戦士達がダルフを赤い目で窺いながらに口を開いた。


「貴方様は……都の騎士様なのでは無いのですか?」

「違う! 俺はここの騎士では無い! 教えてくれ、何故その男は相当な実力を持っていながらも、何の抵抗もせずに死を選んだのかを!」

「ええい貴様! どれだけ我等を小馬鹿にすれば気が済むのだ! さっさと台座に乗らんかぁ!」


 しかしロチアート達は、ダルフの背後にひしめいた騎士達を気にする様に、緩やかに微笑んでこう話すのだった。


「いいえ。我々は全力で闘っております。全身全霊で臨み、誉れある騎士様のお力に敵わないだけで御座います」


 彼等の仮面の様な笑顔を受けて、ダルフは顔をしかめながら首を振るしか無かった。

 騎士達の居るこの場では、ロチアート達の本心を窺い知る事は不可能なのだ。


「下手な言い掛かりはよせと言っとるだろう、この反逆者が!」


 背中を蹴り付けられたダルフが台座の上へと転ぶ。後ろ手の拘束も手際良く解かれていた。


「反逆……者?」


 ロチアート達は騎士の放ったその言葉に目を丸くしながら、吊り上げられていく台座を眺めていた。

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