第116話 コロッセオ
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ダルフとリオンが騎士達に連れて来られたのは、巨大なドーム状の建築物であった。土色のドームからは、凄まじい熱気と歓声が外にも溢れ出している。
何が何やら分からぬままに二人は特別通路を通されると、地響きのする階段を上がり、やがて4階の特別席へと出た。一階席の良く見渡せるその空間には、赤い玉座とちょっとした空間がある。
「なんだ……これは」
ダルフとリオンは、吹き抜けとなったそこからの光景に目を見張っていた。民達の凄まじい熱気に包まれる、4層にもなったドームは、円形の闘技場であったのだ。一階部分は四角の決闘場となって、二人の剣士が剣を持ってもつれ合っている。それを囲む様にして、2階から4階までの広大な観客席が円形に連なっていた。数千ともなる凄まじい数の民がひしめき合い、怒号を上げているのだ。
闘技場で剣を交わす軽装の二人は、どうやら本気で殺し合っている様に見える。剣撃で血が散り、土を赤く染めている。兜をしているので表情は読み取れない。
「殺せーッ!!」
「ふざけるな、お前に幾らかけたと思ってる! 死んでも立て! おい!」
「腕を切り落とせ!」
客席で信じられぬ程に物騒な言葉が飛び交っている。やがて闘技場で闘う戦士の一人が、痛恨の一撃を貰って膝を付き、血を吐いた。すると万の民が瞳を爛々と輝かせながらに立ち上がる。
嫌な予感に、ダルフは聞こえる筈の無い声を荒げていた。
「馬鹿な……まさか……やめろッ!!」
グラディウスと呼ばれる、短く肉厚な剣を振りかざした戦士が、膝を付いた男の背に、深々とそれを突き立てた。得物で貫かれた男はそのまま力尽き、土に血溜まりを広げていった。
勝利した戦士が、両手を挙げて雄叫びを上げる。
民達の叫喚はこのホールを、大地を、大気を揺らす程に凄まじく、会話もままならない状態となる。
「くっっそがぁあ!! くたばれ糞ロチアート!!」
「どっちもロチアートだってんだ! ギャハハハ!」
「もっとやれ! 首を切り落とせ!!」
顔を青ざめさせたダルフが耳を疑う。リオンは彼の隣から観客席を見回して、心無しか眉間にシワを寄せている様にも見える。
「ロチアート……? ロチアートに殺し合いをさせているのか!?」
するとそこに、ラルデフォイットが両脇に女を抱きながら、警護の騎士と共に現れた。驚嘆するダルフ達の様子を見やり、ニタニタとねちっこい笑みを浮かべている。
「早かったなお前ら」
ラルは据えられた玉座にふんぞり返りながら、細い目で闘技場を見下ろして口を開く。
「俺様も鬼では無いからな……先にコロッセオがどういう所かを、この特別席から拝ませてやる」
ダルフが憤怒しながらラルに詰め寄っていくと、複数の騎士の剣先がダルフの喉元に突き付けられた。立ち止まりながらも、ダルフはふんぞり返ったラルを見下ろす。
「何故こんなムゴイ事をする! 民達の娯楽の為に、殺し合いをさせているのか!?」
ラルは首を捻りながら面倒そうにダルフの相手をする。両脇の女の髪を撫でながら。
「ムゴイ? 仮に俺様が人間同士を闘わせて喜んでいるのなら、その叱責は実に最もだが、俺様は家畜同士を闘わせているのだ……何の問題がある?」
「ロチアート達を無闇に痛め付けて、殺し合わせる必要なんて何処にあるんだ!?」
「殺し合いはさせていない。故意に殺害を行った者には厳しい罰を与えている。戦闘不能状態にて決着。結果的に死ぬ者もあるがな」
ラルが鬱陶しそうな表情をダルフに向けると、それに反応して騎士達が声を上げ始める。
「何を言うか! 闘技会はラル様の考えられた神聖なる競技だ!」
「騎士の勇猛さを民に示し、我が栄光の都の繁栄に繋がる!」
「なんと不敬な! ラル様は敗北した家畜共にも自ら手当を施すのだぞ!」
ラルは片方の口角を上げて笑い出すと、気分良さそうに、また女の髪を撫で回し始める。
「馬鹿者。俺様は
ラルの両脇の女が、黄色い声を出して彼の腕にまとわりつく。
騎士が皆、深く頷いてからダルフを白い目で見下ろす。
「見たか貴様達。ラル様は家畜にも慈悲深く治癒を施しているのだ! そのおかげで家畜共も死なずにいられるのだ! 先程の失言を撤回せよ!」
ダルフは後退りながら首を横に振る。憤懣やるかたない様子で歯を食い縛り、拳を握り込んだまま、自らと同じ、不死に似た境遇にされるグラディエーター達へと思いを馳せている。
見世物として永遠に闘わされる彼等への、圧倒的な理解不足に歯噛みをしたダルフは、呻くような声を漏らした。
「違う……何も分かっちゃいない……何一つとして……お前達はッ」
「なんだ? 撤回もせぬと申すか!? 言いたい事があるならハッキリと言ってみせよ、この
眉をピクつかせる男が彼を激しく罵ったが、ダルフがその騎士を睨み返すと、その気迫に圧され、だらし無く口元を開きながら半歩仰け反った。
「言いたい事だと……?」
夜叉の様な顔で騎士に歩み寄って行くダルフ。その場に緊張が張り詰め、ラルもその様子を興味深そうに窺っていた。
ラルはその場に置いて、ささやかな計画を思い浮かべていた。それで嫌味な微笑みを崩さないのだ。
――この男が今ここで俺様の騎士に手を挙げようものならば、即刻に反逆者として吊るし上げてくれる。
尚も詰め寄りながら、ダルフはその騎士を殴り付けようと右手に固い拳を作る。
ラルが舌を出してその時を待ち侘びている。
ダルフが怒りに我を忘れ掛けたその瞬間――――
「……ダルフ」
リオンが彼の背を引っ掴んでいる。ダルフは我に返ったか、目を瞬いて背後のリオンに振り返る。
「リオン……すまない。助かった……」
ダルフは拳を解いて下がっていった。
計画が思い通りに運ばず、ラルは舌打ちしながら、ダルフの側に擦り寄っていくリオンを見つめて呟く。
「……ふ〜ん。そういう事か」
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